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  • 執筆者の写真医療鑑定研究会 中嶋浩二

脳動脈瘤クリッピング術後の失明  ―まれだが重大な合併症の術前説明について考える―


(2020.1.12)


代表医師の中嶋です。


昨年(2019年),本ブログのテーマについて,アンケートを実施しました。

ご協力,ありがとうございました。


今後,ブログの内容に反映したいと思います。


今回は,最新の論文ではありませんが,脳動脈瘤クリッピング術後の失明を報告した論文を紹介します。


池田耕一,平川勝之,安部洋ら:脳動脈瘤クリッピング術後に失明をきたした4症例の検討.脳卒中の外科 2007; 35: 307-311.


本論文の要点を以下に列挙します。


脳動脈瘤クリッピング術に限らず,手術後に失明の多くは,腹臥位で行う脊椎手術で生じています。

その原因は,頭部を固定する器具で眼球が圧迫を受け,眼球内圧が亢進し,網膜や視神経を栄養している血管(網膜中心動脈や短後毛様体動脈)の循環不全をきたすと考えられています。

仰臥位では,麻酔用のフェイスマスクの過剰な圧迫と低血圧が原因で失明するとされています。

本論文では,脳動脈瘤クリッピング術637例中,4例で術後の失明を認め,発症率は0.63%でした。

失明を認めた4例は,いずれも仰臥位で開頭クリッピング術が行われています。1例は,未破裂脳動脈瘤で,残りの3例は破裂脳動脈瘤への治療です。

いずれの例も,視力障害は開頭側の眼球に出現しています。

視力障害の程度は,手動弁から全盲と重篤で,いずれも実用レベルまでの回復は認めず,予後はきわめて不良でした。

発症機序は,開頭時に皮膚弁を翻転した際,直接,皮膚弁や保護用のガーゼで眼球を強く圧迫し,眼球内圧亢進が生じたことで,虚血性視神経症や網膜中心動脈閉塞症をきたしたものと推測されています

網膜の循環不全は45分以内で重篤な虚血状態を起こし,不可逆性変化を生じて失明に至ると考えられています。

術前の高血圧,糖尿病,喫煙歴,術中の低血圧などが発症に関与している可能性も報告されています。

対策としては,皮膚弁による眼球への圧迫が過度にならないよう留意すること,そして,術中に圧迫解除を行うことが挙げられます。

治療は,眼球マッサージ,ウロキナーゼなどの血栓溶解剤,亜硝酸アミルやニトログリセリンなどの血管拡張剤,高気圧酸素療法等をすみやかに開始することで回復する可能性があるそうです。

以上が本論文の要点でした。


<コメント>

1 皮膚弁の翻転はどうしても必要なこと

 開頭クリッピング術の代表的な術式(前頭側頭開頭)では,皮膚弁を翻転させ,ある程度,強く牽引しなければ,視野を確保できません。そうすると,皮膚弁が眼球を覆うような状態になることは避けられません。


2 本合併症の発生予測が困難であること

 高血圧,糖尿病,喫煙歴等が術後失明の発症に関与しているといわれていますが,本合併症の大きな要因は,皮膚弁による眼球の圧迫です。その点,個別にどのような例で,皮膚弁による眼球圧迫が強くなるのか,といったリスク評価は困難です。


3 完全に回避する方法が明確でないこと

 脳動脈瘤クリッピング術では,開頭後,顕微鏡下の手技に移ります。通常,顕微鏡下の手技中,翻転した皮膚弁の牽引を一定の間隔で何度も緩めるといった対応をとることはありません。皮膚弁の牽引する角度を眼球よりも高い位置とすることや,皮膚弁が眼球に当たらないようにガーゼで除圧するといった対応をとっても,何らかの要因で眼球に強い圧迫をきたして失明に至った場合は,回避不可能な合併症といわざるを得ません。


4 失明のリスクも術前の説明に含めるべき

 以上のように,脳動脈瘤クリッピング術後の失明は,本論文によれば,0.63%ときわめてまれですが,発生すると予後は不良で,生活への影響も多大といえます。

 そのため,特に未破裂脳動脈瘤へのクリッピング術では,失明のリスクを術前に説明すべきです。しかし,失明のリスクに言及している医師は,非常に少ないと思います。

 患者さんは,失明のリスクを避けるために,開頭クリッピング術ではなく,血管内手術(コイル塞栓術)を希望することもあるといえます。

 患者さんが,術者からの失明リスクに関する説明なしに,開頭クリッピング術を受け,その結果,術後に失明を発症した場合,術者の説明義務違反が問題視されるでしょう。


 これからも,弁護士の皆様の役に立つと思われる医学的知見を紹介していきます。

 ご意見・ご質問は,本サイトのお問い合わせフォームよりお寄せ下さい。


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