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見落とされやすい脳梗塞の初期症状9パターン - 完全ガイド

  • 執筆者の写真: 医療鑑定研究会 中嶋浩二
    医療鑑定研究会 中嶋浩二
  • 4月2日
  • 読了時間: 9分
医学鑑定 後遺障害
脳梗塞診療

「もし早期に発見していれば…」


脳梗塞事案における医療過誤訴訟では、この言葉が繰り返し登場します。脳梗塞は発症から治療開始までの「ゴールデンタイム」が存在し、その時間内に適切な治療が行われるかどうかが、患者の予後を大きく左右します。


しかし現実には、初期症状が見落とされ、適切な診断・治療が遅れるケースが後を絶ちません。こうした医療過誤は、患者とその家族に取り返しのつかない損害をもたらすことになります。


私は脳外科医として24年の臨床経験を持ち、数多くの脳梗塞患者の診療に携わってきました。同時に、医療訴訟の専門家証人としても活動し、脳梗塞診断の見落としがいかに深刻な結果をもたらすかを目の当たりにしてきました。


本稿では、医療過誤事件を扱う弁護士の皆様に向けて、見落とされやすい脳梗塞の初期症状9パターンと、それらが見逃された際の法的観点からの検討ポイントをお伝えします。


 

1. 脳梗塞の基礎知識 - 医療過誤訴訟の前提として


脳梗塞とは、脳の血管が詰まることで血流が遮断され、その先の脳組織が壊死する疾患です。発症から4.5時間以内に血栓溶解療法(t-PA療法)を開始できれば、予後が大きく改善する可能性があります

この「時間との戦い」という特性が、医療過誤訴訟の重要なポイントとなります。診断の遅れが直接的に取り返しのつかない障害や死亡につながるため、初期症状の見落としは重大な問題となり得るのです。



医学鑑定 医療事故
脳梗塞は時間との戦い

脳梗塞の3つのタイプとその特徴


脳梗塞は大きく分けて以下の3タイプに分類されます:


  • ラクナ梗塞:脳の小さな血管が詰まるタイプ。比較的軽症で済むことが多いが、見逃されやすい。


  • アテローム血栓性脳梗塞:脳の太い血管が動脈硬化により狭くなり、血栓ができて詰まるタイプ。


  • 心原性脳塞栓症:心臓内にできた血栓が脳の血管に流れ込み詰まるタイプ。最も重症化しやすい。


医療過誤事件を扱う際には、どのタイプの脳梗塞だったのか、そのタイプに応じた適切な診断プロセスが踏まれていたかを検証することが重要です。


 

2. 見落とされやすい脳梗塞の初期症状 9パターン


脳梗塞の典型的な症状として「片側の手足の麻痺」「言語障害」「顔面の麻痺」は広く知られています。しかし、初期段階では以下のような非典型的な症状が現れることがあり、これらが見落とされるケースが医療過誤訴訟の対象となりやすいのです。


 

パターン1:一過性の症状として軽視される場合


一過性脳虚血発作(TIA)は、脳梗塞の前触れとして発生することがあります。症状が数分から数時間で自然に消失するため、「一時的なめまい」「疲れからくる症状」として軽視されがちです。


ここに注目:TIAの症状があった場合、72時間以内に脳梗塞を発症するリスクが高まります。特に24時間以内は最もリスクが高い時間帯です。


確認すべきポイント


  • 患者がTIAの症状を訴えた際の医師の対応記録

  • 脳梗塞リスク評価スケール(ABCD2スコアなど)の使用有無

  • 頭部MRI/MRAなどの画像診断の実施有無とタイミング



 

パターン2:めまい・ふらつきのみの症状


特に小脳や脳幹部の梗塞では、めまいやふらつきが唯一の症状として現れることがあります。これらは一般的な「めまい」として扱われ、内耳疾患と誤診されやすいです。


ここに注目:めまいを訴える患者に対して、神経学的診察(指鼻試験、膝踵試験など)を実施せず、安易に内耳性めまいと診断した場合、問題となる可能性があります。


確認すべきポイント


  • 神経学的診察の実施有無とその内容

  • めまいの性質(回転性か浮動性か)の聴取記録

  • 脳梗塞リスク因子(高血圧、糖尿病、心房細動など)の評価有無


 

パターン3:突然の激しい頭痛


一般的に脳梗塞では頭痛はあまり目立ちませんが、特に後頭蓋窩(小脳や脳幹)の梗塞では、突然の激しい頭痛が生じることがあります。これが片頭痛や緊張型頭痛と誤診されるケースが少なくありません。


ここに注目:既往歴のない突然の激しい頭痛を訴える患者に対して、脳血管疾患の可能性を考慮せず、単なる頭痛として対症療法のみを行った場合、問題となり得ます。


確認すべきポイント


  • 頭痛の性質(発症様式、部位、強さ)の聴取記録

  • 神経学的診察の実施有無

  • 画像診断(CT/MRI)の実施判断の妥当性


 

パターン4:一側の視野異常や複視


後大脳動脈領域や脳幹部の梗塞では、視野異常や複視(物が二重に見える)が初期症状として現れることがあります。これが単なる「目の疲れ」や「老眼」として見過ごされるケースがあります。


ここに注目:突然発症した視野異常や複視に対して、脳血管障害の可能性を考慮せず、眼科的疾患のみを想定した場合、問題となる可能性があります。


確認すべきポイント


  • 視野検査や眼球運動検査の実施有無

  • 神経学的診察の実施有無

  • 脳卒中を疑うべき他の症状(頭痛、めまいなど)の有無とその評価

医学鑑定 後遺障害
視野欠損
 

パターン5:軽度の構音障害や言語理解障害


言語中枢に関わる領域の梗塞では、言葉が少しもつれる(構音障害)、または言葉の理解が部分的に困難になる(失語症)といった症状が現れます。軽度の場合、「疲れている」「寝不足」などと誤認されやすいです。


ここに注目:突然発症した構音障害や言語理解障害に対して、脳卒中の可能性を考慮せず、精神的要因や疲労と判断した場合、問題となり得ます。


確認すべきポイント

  • 言語機能に関する詳細な評価記録

  • 症状の発症時期と経過の聴取記録

  • 脳梗塞のリスク因子評価


 

パターン6:急性の行動変化や認知機能低下


特に高齢者では、前頭葉や側頭葉の梗塞によって、突然の性格変化、判断力低下、混乱などの症状が現れることがあります。これらが認知症の進行や精神疾患と誤診されるケースがあります。


ここに注目:急性発症の行動変化や認知機能低下に対して、脳血管障害の可能性を検討せず、単に高齢による認知症と判断した場合、問題となる可能性があります。


確認すべきポイント

  • 症状の発症様式(急性か緩徐か)の記録

  • 神経学的診察や認知機能検査の実施有無

  • 画像診断の実施判断とタイミング


 

パターン7:突然の嚥下困難や嗄声


脳幹部の梗塞では、飲み込みにくさ(嚥下障害)や声のかすれ(嗄声)が初期症状として現れることがあります。これらが単なる「のどの違和感」「風邪の症状」として見過ごされることがあります。


ここに注目:突然発症した嚥下障害や嗄声に対して、脳幹梗塞の可能性を考慮せず、上気道感染症と診断した場合、問題となり得ます。


確認すべきポイント


  • 嚥下機能の評価記録

  • 脳神経学的診察(特に第IX、X脳神経)の実施有無

  • 症状の発症様式と随伴症状の評価


 

パターン8:一側の感覚障害のみの症状


視床や大脳皮質感覚野の小梗塞では、体の片側のしびれや感覚鈍麻が唯一の症状として現れることがあります。これが「寝違え」「肩こり」「末梢神経障害」などと誤診されやすいです。


ここに注目:突然発症した片側性の感覚障害に対して、脳血管障害の可能性を考慮せず、筋骨格系疾患と診断した場合、問題となる可能性があります。


確認すべきポイント

  • 感覚障害の分布パターン(末梢神経支配領域か脳血管支配領域か)の評価記録

  • 詳細な感覚神経学的診察の実施有無

  • 脳梗塞リスク因子の評価


 

パターン9:急性の平衡感覚障害


小脳や前庭神経核の梗塞では、突然のバランス障害が生じることがあります。特に他の神経症状を伴わない場合、「単なるふらつき」「内耳性めまい」と誤診されやすいです。


ここに注目:突然発症した平衡感覚障害に対して、小脳梗塞の可能性を考慮せず、前庭神経炎などと診断した場合、問題となり得ます。


確認すべきポイント

  • 平衡機能検査(立位・歩行検査、Romberg試験など)の実施有無

  • 小脳機能検査(指鼻試験、膝踵試験など)の実施有無

  • 眼振の性質評価と中枢性・末梢性の鑑別検討記録


 

3. 脳梗塞見落とし事案のチェックリスト


脳梗塞見落とし事案を効果的に扱うための実践的チェックリストです。


初動対応チェックリスト


  • 症状発現から診断確定までの詳細な時系列の作成

  • 各医療機関での診療内容と検査結果の収集

  • 患者・家族からの詳細な問診(症状の訴え方、医師の説明内容など)

  • 画像データを含む医療記録一式の取得

  • リハビリテーション記録や介護記録の収集


医学的評価チェックリスト


  • 脳梗塞の種類(ラクナ梗塞、アテローム血栓性、心原性塞栓症)の特定

  • 発症時の症状と標準的診断プロセスの比較

  • 画像所見の専門家による再評価

  • 適切な治療開始が遅れたことによる影響の評価

  • 後遺障害と診断遅延の因果関係の評価


 

4. まとめ:脳梗塞見落とし事案を円滑に進めるための5つのポイント


脳梗塞の初期症状見落としによる医療過誤訴訟を成功に導くためのポイントをまとめます。


  1. 非典型的症状の医学的理解を深める:本稿で解説した9パターンの見落とされやすい症状について、医学的背景を理解することが重要です。


  2. 時間経過の詳細な検証:脳梗塞では「時間」が最も重要な要素です。症状発現から診断・治療までの時間経過を詳細に検証しましょう。


  3. 適切な専門家証人の確保:脳卒中診療に精通した専門医の協力を早期に得ることが、事案の見通しを立てる上で不可欠です。


  4. 画像所見の専門的再評価:特に初期の画像所見は微細な変化を読み取る必要があり、専門家による再評価が重要です。


  5. 患者側の視点からの事実関係の丁寧な聴取:医療記録に記載されていない症状の訴えや、医師とのやり取りが重要な証拠となることがあります。


 

脳梗塞の初期症状見落としは、患者とその家族に計り知れない影響をもたらします。本稿で解説した9つの見落とされやすい初期症状パターンと対応のポイントが、弁護士の皆様の実務に役立ち、医療の質向上につながることを願っています。


「脳梗塞の治療は一刻を争う」という事実は,広く知られていますが,実際に治療の開始が遅れた場合,患者さんにはどのような不利益が生じるのでしょうか。そのような疑問に一つの答えを示した論文を今回は紹介しています。



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