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【脳外科専門医解説】軽症の脳梗塞に対するrt-PAの投与は有効なのか?~ガイドラインの改訂を踏まえて~

  • 執筆者の写真: 医療鑑定研究会 中嶋浩二
    医療鑑定研究会 中嶋浩二
  • 10月14日
  • 読了時間: 4分
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脳梗塞

医療鑑定研究会の代表医師・中嶋です。


今年(2025年)、『脳卒中治療ガイドライン2021』の内容が一部改訂されました。


本稿では、脳卒中を専門とする医師の立場から、今回のガイドライン改訂の背景と臨床的意義、そして今後の治療に与える影響について、最新の研究結果を交えながら専門的に解説します。


■軽症脳梗塞とrt-PA療法


脳梗塞の超急性期治療において、血栓溶解薬アルテプラーゼ(rt-PA)を用いた静注療法は、発症4.5時間以内の適格な患者さんに対し、機能予後を改善する上で極めて重要な治療法です。


脳血管を閉塞させた血栓を薬物的に溶解し、血流を再開させることで、脳組織の壊死を最小限に食い止めます。


しかし、この治療法は頭蓋内出血という重篤な合併症のリスクを伴うため、その適応は慎重に判断されなければなりません。


特に、神経症状が軽い「軽症脳梗塞」の患者さんに対し、出血リスクを冒してまでrt-PAを投与するベネフィットがリスクを上回るのか、という点は長年の議論の的でした。


臨床でも投与は慎重に行われています。


今回の改訂で、ガイドラインでは次のような記載が追加されました。


「脳梗塞軽症患者の超急性期治療として、適応を慎重に検討した上で、アルテプラーゼの投与を考慮しても良い(推奨度C エビデンスレベル中)」


推奨度Cとは、「弱い推奨」を意味し、治療による有効性が確立されておらず、利益と不利益のバランスが不明確であることを示唆します。


また、「軽症」の定義ですが、一般的にはNIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)という、脳卒中の神経学的重症度を客観的に評価するスケールで5点以下の場合を指します。このスコアは0から42点で、点数が高いほど重症と評価されます。


この内容は、軽症脳梗塞に対するrt-PA療法の位置づけを再考させる、非常に重要な意味を持っています。

では、なぜこのような見解が示されるに至ったのでしょうか。その根拠となった最新の臨床研究について見ていきましょう。



■ARAMISがもたらした新たな知見


ガイドラインの改訂にあたっては、新たにARAMISという試験の結果が引用されています。

(JAMA. 2023; 329: 2135-2144.)


中国で実施された試験で、NIHSS 5点以下の脳梗塞患者に対して、

・rt-PA投与群

・クロピドグレル75mg+アスピリン100mg投与群(抗血小板薬2剤併用)

を比較したところ、90日後の機能転帰良好、症候性頭蓋内出血に有意差はなかったというものです。


また、このARAMISと別のPRISMSという試験を含むメタ解析でも、アルテプラーゼ投与群とコントロール群(抗血小板薬単剤または2剤併用)で90日後の機能転帰良好、症候性頭蓋内出血に差はなかった、という結果が報告されています。

(Eur Stroke J. 2024; 9: 521-529.)



つまり、NIHSS 5点以下の軽症脳梗塞患者では、rt-PAを投与しなくても、抗血小板薬単剤または2剤併用で同等の予後を期待できるということです。


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薬剤

■臨床現場における意義と今後の展望

ARAMISをはじめとする近年のエビデンスは、軽症脳梗塞の治療戦略に大きな一石を投じました。しかし、これらの結果をもって「軽症脳梗塞にrt-PAは不要である」と結論付けるのは尚早であり、臨床現場ではより多角的な視点からの判断が求められます。


第一に、NIHSSスコアは万能な指標ではありません。同じスコアであっても、症状の内訳は患者さんによって大きく異なります。例えば、失語症や半側空間無視といった高次脳機能障害は、スコア上は低く評価されがちですが、患者さんのQOL(生活の質)に甚大な影響を及ぼす可能性があります。このような症例では、rt-PAによる積極的な治療介入が妥当と判断される場合もあるでしょう。


第二に、症状が進行するリスクの評価が不可欠です。発症初期は軽症であっても、時間経過とともに神経症状が悪化する「progression in stroke」の病態も存在します。頭蓋内主幹動脈の閉塞など、悪化リスクが高いと判断される場合には、たとえ初期のNIHSSが低くともrt-PA療法を考慮すべきです。


今回のガイドライン改訂が示す本質は、「rt-PAを投与しない」という選択肢が、特定の条件下において科学的妥当性を持ちうることを明示した点にあります。これは、治療方針の画一化を避け、患者一人ひとりの病態や背景に応じて治療法を最適化する「個別化医療」への移行を促すものと解釈できます。


我々臨床医には、NIHSSスコアのみに依存するのではなく、画像所見、症状の質、時間的経過、患者背景などを総合的に評価し、rt-PA療法の利益と不利益を検討するといった高度な臨床判断能力が求められます。



また、弁護士の先生方にとって、この改訂は医療訴訟における立証という観点からも重要です。軽症脳梗塞患者に対してrt-PAを投与しなかったという判断が、直ちに診療ガイドラインからの逸脱や過失とは見なされにくくなった、という側面も持ち合わせています。


私たち専門医は、常に最新のエビデンスを吟味し、知識と技術をアップデートし続けることで、目の前の患者さんにとって最善の医療を提供していく責務があります。この記事が、皆さんの脳梗塞に対する理解を深める一助となれば幸いです。



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