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【弁護士必見】遺言能力の総合判断に必要な5つの要素とは?

  • 執筆者の写真: 医療鑑定研究会 中嶋浩二
    医療鑑定研究会 中嶋浩二
  • 4月14日
  • 読了時間: 14分
医学鑑定 後遺障害
遺言能力の総合判断

■ 遺言能力とは?法的定義と判断の基本


みなさんこんにちは。医療鑑定研究会・代表医師の中嶋です。


私は病院で患者さんの治療にあたる傍ら、医療と法律が交わる分野にも関心を持ち、特に遺言能力の判断については専門家として多くの鑑定に関わってきました。


遺言書が残されたとき、その有効性を判断する上で最も重要なのが「遺言能力」の有無です。遺言能力とは、端的に言えば「遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力(意思能力)」のことを指します。


民法第963条では「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と規定されていますが、その具体的な判断基準は明確に定められていません。これが遺言能力をめぐる争いの難しさの根本にあります。


最高裁判所は、遺言をする者が考慮する事項について

「被相続人の遺産の承継に関する遺言をする者は、一般に、各推定相続人との関係においては、その者と各推定相続人との身分関係及び生活関係、各推定相続人の現在及び将来の生活状況及び資産その他の経済力、特定の不動産その他の遺産についての特定の推定相続人の関わりあいの有無、程度等諸般の事情を考慮して遺言するものである」(平成23年2月22日第三小法廷判決)

と判示しています。


つまり、遺言者は単に「財産を誰かに渡す」という単純な行為をしているわけではなく、相続人との関係性や各人の状況、財産の性質など、様々な要素を総合的に判断した上で意思決定をしているのです。この複雑な判断ができる精神状態にあったかどうかが問われるわけです。


医学鑑定 医療事故
遺言能力と脳

■ 遺言能力を総合判断する5つの重要要素


では、具体的に遺言能力の有無はどのように判断されるのでしょうか。裁判例や医学的知見を踏まえると、以下の5つの要素が特に重要であることがわかります。


1. 医学的見地からの判断


遺言能力の判断において、最も重視されるのが医学的見地からの判断です。具体的には、主治医の診断書や鑑定書、医療・看護記録などが重要な証拠となります。


私の経験上、特に認知症の診断と重症度評価が重要です。認知症にも様々なタイプがあり、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症などによって、症状の現れ方や進行の仕方が異なります。


例えば、アルツハイマー型認知症では記憶障害が中核症状となり、特に近時記憶(最近の出来事を覚えておく能力)が障害されやすいのが特徴です。これに対して血管性認知症では、脳の血管障害の部位によって症状が異なり、人によっては判断能力が比較的保たれていることもあります。


こうした診断の違いは遺言能力の判断に大きく影響するため、医学的な評価が最も基礎的な判断材料となるのです。


2. 認知機能検査の結果と解釈


認知機能検査は、遺言能力の有無を判断する上で客観的な指標となります。日本で広く使われている検査としては、改訂長谷川式認知症スケール(HDS-R)とミニメンタルステート検査(MMSE)が代表的です。


HDS-Rは年齢、見当識、3単語の即時記銘と遅延再生、計算、数字の逆唱、物品記銘、言語流暢性の9項目からなる30点満点の認知機能検査です。20点以下が認知症疑いとされ、感度93%、特異度86%と報告されています。


MMSEは時間の見当識、場所の見当識、3単語の即時再生と遅延再生、計算、物品呼称、文章復唱、3段階の口頭命令、書字命令、文章書字、図形複写の計11項目から構成される30点満点の検査です。23点以下が認知症疑いとされています。


(併せて読みたい記事 MMSEの活用法:落とし穴と正しい解釈


ただし、これらの検査結果だけで遺言能力を判断することはできません。あくまでも参考情報の一つとして捉える必要があります。私がよく経験するのは、検査の点数が低くても、遺言の内容が単純で理解しやすいものであれば、裁判所が遺言能力を認めるケースです。


逆に、検査の点数が比較的良好でも、遺言の内容が複雑で理解が難しいものであれば、遺言能力が否定されることもあります。つまり、認知機能検査の結果は絶対的なものではなく、あくまで遺言の内容や複雑さとの相対的な関係で判断されるのです。


3. 遺言の内容と複雑性


遺言の内容自体も、遺言能力の判断において重要な要素です。単純な内容の遺言であれば、それを理解するために必要な認知機能のレベルも比較的低くて済みます。一方、複雑な内容の遺言であれば、より高度な認知機能が求められます。


例えば、「すべての財産を長男に相続させる」という単純な内容の遺言であれば、中等度の認知症であっても理解できる可能性があります。しかし、「Aという不動産は長男に、Bという不動産は次男に、預金の半分は長女に、残りは孫に」というように複雑な内容になると、軽度の認知症でも理解が難しくなるかもしれません。


実際の裁判例でも、大阪高裁平成19年3月16日判決では「本件遺言は遺言者が被控訴人と同居する自宅を被控訴人に遺贈するという単純明快な内容であって、高度の理解力が必要になるとは認められない」として、遺言能力を認めています。


つまり、遺言の内容が自然かつ合理的で、複雑な理解力を必要としないものであれば、多少認知機能が低下していても遺言能力が認められる可能性が高いといえます。


4. 遺言者の状況と周囲との関係


遺言者の生活状況や周囲の人々との関係性も、遺言能力の判断において重要です。遺言者の性格や学歴、生前の意思表示、周囲の人々との関係などが、遺言の内容と矛盾していないかが検討されます。


例えば、生前から「長男には財産を残さない」と周囲に話していた人が、認知症発症後に突然「すべての財産を長男に」という遺言を残した場合、その遺言の内容は生前の意思と矛盾しています。このような場合、遺言能力に疑問が投げかけられる可能性が高くなります。


逆に、生前から「介護してくれた次女に家を残したい」と言っていた人が、実際にその内容の遺言を残した場合、その遺言は生前の意思と一致しており、遺言能力が認められやすくなります。

また、遺言者と受遺者(遺言によって利益を受ける人)との関係も重要です。特に、遺言者が受遺者に依存していたり、受遺者から影響を受けやすい状況にあった場合、その遺言が本当に遺言者自身の意思によるものかが問われることになります。


医学鑑定 後遺障害
遺言者と周囲の関係

5. 遺言作成の経緯と時間的要素


遺言作成の経緯や、遺言作成時期と発病時期・死亡時期との時間的関係も重要な判断要素です。

例えば、認知症の診断を受けた直後に作成された遺言と、診断から数年経過した後に作成された遺言では、後者の方が認知機能の低下が進んでいる可能性が高く、遺言能力が否定される可能性も高くなります。


また、遺言作成のきっかけや動機も重要です。例えば、家族間の紛争をきっかけに作成された遺言であれば、その紛争の内容を理解し、適切に判断する能力があったかが問われます。


さらに、遺言が公正証書遺言なのか自筆証書遺言なのかという形式の違いも考慮されます。公正証書遺言の場合、公証人が関与しているため、一般的には遺言能力が認められやすい傾向にあります。ただし、公証人の関与があっても遺言能力が否定されたケースもあるため、絶対的な保証にはなりません。


高知地裁平成24年3月29日判決では、「公証人が遺言の作成に関与したというだけでは、遺言者の遺言能力があったはずとはいえない」として、公正証書遺言であっても遺言能力がなかったとして無効とされています。



■ 認知症の診断と遺言能力の関係


認知症の診断は遺言能力の判断において極めて重要ですが、認知症と診断されたからといって、直ちに遺言能力が否定されるわけではありません。認知症の種類や重症度、症状の現れ方によって判断が異なります。


認知症の病型による違い


認知症にはいくつかの病型があり、それぞれ症状の現れ方が異なります。主な認知症の種類と頻度は以下の通りです。


  • アルツハイマー型認知症:67.6%

  • 血管性認知症:19.5%

  • レビー小体型認知症/認知症を伴ったパーキンソン病:4.3%


アルツハイマー型認知症は、記憶障害、特に近時記憶障害が中核症状です。病気が進行すると、見当識障害(時間・場所・人物がわからなくなる)や遂行機能障害(計画を立てて実行する能力の低下)なども現れます。


血管性認知症は、脳の血管障害が原因で起こる認知症で、障害された脳の部位によって症状が異なります。記憶障害よりも遂行機能障害が目立つことが多いです。


レビー小体型認知症は、幻視や妄想などの精神症状が特徴的で、認知機能の変動が大きいという特徴があります。


認知症の種類によって症状の現れ方が異なるため、単に「認知症」と診断されただけでは遺言能力の有無を判断することはできません。それぞれの認知症の特徴を理解した上で、個別具体的に判断する必要があります。


認知症の重症度と遺言能力


認知症の重症度も遺言能力の判断において重要です。一般的に、認知症は軽度、中等度、重度(高度)に分類されます。


軽度の認知症では、日常生活に支障が出始めるものの、基本的な判断能力は保たれていることが多いです。中等度になると、日常生活に明らかな支障が出て、判断能力も低下します。重度になると、基本的な日常生活動作にも介助が必要となり、判断能力も著しく低下します。


遺言能力との関係でいえば、軽度の認知症であれば、特に遺言の内容が単純である場合、遺言能力が認められる可能性が高いです。中等度の認知症は境界領域にあり、個別の状況によって判断が分かれます。重度の認知症では、通常、遺言能力は否定されることが多いです。


名古屋高裁平成14年12月11日判決では、「本件遺言書作成当時、認知症は中等度であったが重度に近いものであって、本件遺言の内容を理解し判断する能力、すなわち遺言能力はなかったものと認めるのが相当である」と判示しています。つまり、中等度でも重度に近ければ、遺言能力は否定される可能性が高いということです。



■ 遺言能力が争われた裁判例

遺言能力の有無をめぐっては、多くの裁判例があります。ここでは、特に参考になる裁判例をいくつか紹介します。


遺言能力が認められた事例


大阪高裁平成19年3月16日判決では、遺言者が被控訴人と同居する自宅を被控訴人に遺贈するという単純明快な内容の遺言について、「高度の理解力が必要になるとは認められないこと、遺言者が、その介護に専念した被控訴人に対し、同居していた不動産を相続させるという遺言自体、自然かつ合理的であることに照らし、遺言者が、本件遺言作成時に本件遺言内容を理解できたものと推認できた」として、遺言能力を認めています。


この事例からは、遺言の内容が単純明快であること、そして遺言の内容が自然かつ合理的であることが、遺言能力を認める重要な要素となっていることがわかります。


また、別の事例では、「HDS-Rが15点であった遺言者につき、養子縁組無効確認調停申立てがなされ、それをきっかけとして遺言を作成した旨の手紙が残されており、本件遺言が遺言能力を欠いていたものであるとは認められない」として、遺言の有効性が認められています。


この事例では、認知機能検査の点数が比較的低かったにもかかわらず、遺言作成の経緯や動機が明確であったことから、遺言能力が認められています。


遺言能力が否定された事例


高知地裁平成24年3月29日判決では、「長期間にわたり遺言者の診療にあたってきた医師が、成年後見開始の申立てにおいて、遺言者には財産を管理する能力がないとの鑑定意見を作成した。その内容が合理的かつ説得的で、実際に成年後見開始の審判がなされたことなどから、鑑定意見には高度の信用性が認められる」として、公正証書遺言であっても遺言能力がなかったとして無効としています。


この事例では、長期間診療にあたってきた医師の鑑定意見が重視され、公正証書遺言であっても遺言能力が否定されています。


横浜地裁平成18年9月15日判決では、「遺言数年前からの遺言者の入院・通院カルテ、介護施設での記録等に基づいて、公正証書遺言の前後における遺言者の生活状況、精神状態、担当医師らの診断内容等について詳しく検討したところ、遺言当時、遺言者には記憶障害、見当識障害等があり、中等度から高度に相当するアルツハイマー型認知症に陥っていたため、遺言能力がなかった」として、公正証書遺言が無効であると判断しています。


この事例では、医療記録や介護記録などから、遺言者が中等度から高度のアルツハイマー型認知症であったことが認定され、遺言能力が否定されています。



■ 遺言能力の判断における医学的・法的留意点


遺言能力の判断は、医学的知見と法的判断が交錯する難しい問題です。ここでは、医学的・法的な観点からの留意点を整理します。


医学的見地からの注意点


医学的見地から遺言能力を判断する際には、以下の点に注意する必要があります。


まず、認知症の診断だけでなく、その種類や重症度、症状の現れ方を詳細に評価することが重要です。アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症など、認知症の種類によって症状の現れ方が異なるため、単に「認知症」と診断するだけでは不十分です。


次に、認知機能検査の結果を適切に解釈することが重要です。HDS-RやMMSEなどの認知機能検査は、認知症のスクリーニングには有用ですが、それだけで遺言能力を判断することはできません。検査の点数だけでなく、日常生活での様子や、遺言作成時の状況なども総合的に考慮する必要があります。


また、遺言能力は相対的なものであることを理解することも重要です。つまり、遺言の内容の複雑さによって、必要とされる認知機能のレベルは異なります。単純な内容の遺言であれば、中等度の認知症でも理解できる可能性がありますが、複雑な内容の遺言であれば、軽度の認知症でも理解が難しいかもしれません。


さらに、認知症は進行性の疾患であることを考慮する必要があります。遺言作成時と診断時が異なる場合、その間の認知機能の変化を推測する必要があります。



法的判断のポイント


法的な観点からは、以下の点がポイントとなります。


まず、遺言能力の有無は、遺言作成時点での判断能力によって決まります。遺言作成後に認知症が進行したとしても、作成時に遺言能力があれば遺言は有効です。逆に、遺言作成時に遺言能力がなければ、その後に回復したとしても遺言は無効です。


次に、遺言能力の有無は、遺言の内容、遺言者の年齢、病状を含む心身の状況、健康状態とその推移、発病時と遺言時との時間的関係、遺言時の言動および精神状態、日頃の遺言についての意向など、総合的に判断されます。つまり、医学的な診断だけでなく、遺言者の生活状況や遺言の内容なども考慮されます。


また、遺言能力の立証責任は、遺言の無効を主張する側にあります。つまり、遺言が無効だと主張する側が、遺言者に遺言能力がなかったことを証明する必要があります。


さらに、公正証書遺言の場合、公証人の関与があるため、一般的には遺言能力が認められやすい傾向にありますが、公証人の関与があっても遺言能力が否定されたケースもあります。公証人は法律の専門家ではありますが、医学的な観点から遺言能力を判断する専門家ではないため、医学的な証拠が重視されることになります。



■ まとめ:遺言能力の総合判断における5つの要素

遺言能力の有無は、以下の5つの要素を総合的に判断して決定されます。


  1. 医学的見地からの判断:主治医の診断書や鑑定書、医療・看護記録などが重要な証拠となります。特に認知症の診断と重症度評価が重要です。


  2. 認知機能検査の結果と解釈:HDS-RやMMSEなどの認知機能検査の結果も参考になりますが、それだけで遺言能力を判断することはできません


  3. 遺言の内容と複雑性:遺言の内容が単純明快であれば、中等度の認知症でも理解できる可能性がありますが、複雑な内容であれば、軽度の認知症でも理解が難しいかもしれません。


  4. 遺言者の状況と周囲との関係:遺言者の性格や学歴、生前の意思表示、周囲の人々との関係なども考慮されます。


  5. 遺言作成の経緯と時間的要素:遺言作成のきっかけや動機、遺言作成時期と発病時期・死亡時期との時間的関係も重要です。


これらの要素を総合的に考慮して、遺言作成時に遺言者が遺言の内容を理解し、その法律効果を弁識する能力があったかどうかを判断します。


遺言能力の判断は、医学と法律が交錯する難しい問題ですが、これらの要素を丁寧に検討することで、より適切な判断が可能になると考えています。



私たち医療専門家と法律家が協力して、遺言者の真意を尊重しつつ、公正な判断ができるよう努めていくことが重要です。そして、それが遺言者と相続人の双方にとって最善の結果をもたらすことを願っています。


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