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遺言能力が問われる認知症の医学鑑定|「もの忘れ」に隠れた7つの症状とカルテ精査のポイント

  • 執筆者の写真: 医療鑑定研究会 中嶋浩二
    医療鑑定研究会 中嶋浩二
  • 17 分前
  • 読了時間: 7分
医学鑑定 後遺障害

医療鑑定研究会 代表医師の中嶋です。

当研究会では、全国の法律事務所の先生方から、遺言能力の有無などに関する医学鑑定のご依頼を多数承っております。


遺産分割などの実務において、「カルテに『認知症』や『もの忘れ』の記載があるため、遺言能力は否定されるべきだ」というご相談や主張をよく目にします。


しかし、医学的な観点からは、認知症が引き起こす症状(症候)は決して一様ではありません。


今回は、最新の精神疾患の診断基準に基づき、認知機能障害の多様なあらわれ方と、それが遺言能力の鑑定にどう影響するのかについて詳しく解説します。カルテを精査し、事案の全体像を正確に把握する際のヒントとしてお役立てください。



■ 「もの忘れ」という言葉に隠された多様な症状


認知症が引き起こす様々な症状は、脳のどの部位の機能が低下しているかを色濃く反映しています。


DSM-5-TR(精神疾患の診断・統計マニュアル)においても、認知症によって影響を受ける機能として、記憶だけでなく、注意、言語、遂行機能、視空間認知などの知覚運動、そして社会的認知など、多岐にわたる項目が挙げられています。


患者さんやご家族が「最近もの忘れがひどくて」と訴えて受診されるケースは非常に多く見られます。しかし、これを単純な「記憶の低下」と結論づけるのは早計です。


医学的には、新しい出来事を覚えられない(記憶の障害)という本来の意味合いに加え、集中力が続かない(注意障害)、言葉がすぐに出てこない(喚語困難)、あるいは道具の使い方が分からなくなった(失行)など、全く異なる脳の機能低下が含まれていることが少なくありません。




■ 認知機能障害の主な症候


認知症において障害されやすい代表的な機能について、それぞれの特徴を分かりやすく整理します。


① 注意を向ける・維持する機能(全般性注意障害)


周囲の状況を的確に把握し、一貫した行動をとるための土台となる能力です。


この機能が衰えると、一度に複数の情報を処理することが難しくなります。具体的には、複雑な物事の理解や記憶への影響も大きく、仕事でのミスが増えたり、作業に時間がかかったりするようになります。


全般性注意障害は、原因疾患を問わず、多くの認知症で共通して見られる症状です。


② 記憶する機能(健忘・意味記憶の障害)


記憶のトラブルは、内容によって大きく分かれます。


・出来事記憶の障害(健忘)

 自身の体験など、文脈を伴う記憶が失われる状態です。

 Alzheimer型認知症の代表的な初期症状であり、直近の出来事だけでなく、昔のことも思い出せなくなります。


・意味記憶の障害

 言葉の意味や一般的な知識そのものが抜け落ちてしまう状態で、意味性認知症などで見られます。


③ 言葉を操る機能(失語)


聴力や発声の機能は保たれているにもかかわらず、記号としての言語がうまく使えなくなる状態です。


日常会話で言葉が咄嗟に出てこないこと(喚語困難)や、相手の言っていることが理解できないといった症状が現れます。認知症の中には、失語が初期症状として目立つ原発性進行性失語症というタイプも存在するので注意が必要です。


④ 計画を立てて実行する機能(遂行機能障害)


目的を定めて段取りを考え、結果をフィードバックしながら行動を進める能力です。


前頭葉の働きと深く関わっており、この機能が落ちると「料理の要領が悪くなる」「仕事がスムーズに進められない」といった変化が現れます。前頭側頭型認知症などで初期から目立ちやすい症状です。


⑤ 空間や形を認識する機能(視空間認知障害)


視覚的な情報を正しく把握する力の低下です。


図形の模写ができない、よく知っているはずの場所で迷子になる、壁のシミが虫に見える(錯視)、そこにいない人が見える(幻視)などの症状が含まれます。Alzheimer型認知症や、レビー小体型認知症でしばしば確認されます。


⑥ 動作や道具の扱い(失行)


運動麻痺がないにもかかわらず、学習して身につけたはずの単純な動作ができなくなる症状です。

ハサミをうまく使えなくなったり、簡単なジェスチャー(バイバイなど)の真似ができなくなったりします。大脳皮質基底核変性症などでよく見られる障害です。


⑦ 対人関係や社会性の機能(社会的認知の障害)


相手の表情から感情を読み取ることや、その場にふさわしい状況判断ができなくなります。


悲しい場面で突然笑い出すなど、社会的に不適切な行動(脱抑制)をとるのが特徴です。本人に病識(自分がおかしいという自覚)が欠けていることが多く、前頭側頭型認知症などで見られます。


認知機能障害

医学的特徴と日常生活での例

初期に目立ちやすい認知症

全般性注意障害

周囲の状況を把握し、一貫した行動をとる土台の能力が衰える。一度に複数の情報を処理できず、作業に時間がかかったりミスが増えたりする。

各種認知症に共通

記憶の障害

(健忘など)

自身の体験など文脈を伴う出来事を忘れる。新しいことを覚えられないだけでなく、昔の出来事も思い出せなくなる(言葉の意味を忘れる「意味記憶障害」もある)。

Alzheimer型認知症など

失語

聴力や発声機能は保たれているのに、記号としての言語がうまく使えない。日常会話で咄嗟に言葉が出ない、相手の言葉が理解できない状態。

原発性進行性失語症

前頭側頭型認知症(左優位の意味性変性症)

遂行機能障害

目的を定めて段取りを考え、実行する能力。この機能が落ちると、料理の要領が悪くなったり、仕事がスムーズに進められなくなったりする。

前頭側頭型認知症など

視空間認知障害

視覚的な情報を正しく把握する力の低下。図形が描けない、よく知る場所で迷子になる、壁のシミが虫に見える(錯視)などの症状が含まれる。

Alzheimer型認知症、レビー小体型認知症など

失行

運動麻痺はないのに、学習して身につけたはずの動作ができなくなる。ハサミ等の道具が使えない、簡単なジェスチャーの真似ができない。

大脳皮質基底核変性症

社会的認知の障害

相手の表情から感情を読み取ることや、その場にふさわしい状況判断ができなくなる。悲しい場面で笑い出すなど、不適切な行動が特徴。

前頭側頭型認知症(前頭側頭葉変性症)




■ 遺言能力の評価における「症候」の重要性


このように、認知症による脳の機能低下は多岐にわたり、初期にどの症状が強く現れるかは、Alzheimer型認知症なのか、それ以外の認知症なのかといった原因疾患によって大きく異なります。


「認知症の診断がある=何も判断できない状態」ではありません。


遺言能力(自分の遺言の内容とその法的な結果を理解し、判断する能力)の有無を評価する際、たとえばAlzheimer型認知症による「記憶の障害(健忘)」が存在していても、遺言作成時の「言語の理解力」や「注意機能」が十分に保たれていれば、能力が肯定される余地は十分にあり得ます。


逆に、過去の記憶がしっかりしていても、「遂行機能障害」や「社会的認知の障害」が著しく、物事の損得や社会的な意味合いを正しく判断できない状態であれば、事理弁識能力に重大な疑義が生じることになります。



■ 医療鑑定研究会からのメッセージ


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


当研究会では、認知症専門医が、画像所見や神経心理学的検査のスコアだけでなく、日常生活の具体的なエピソードから「どの機能が失われ、どの機能が残存していたのか」を丁寧に解きほぐし、医学的根拠に基づいた説得力のある意見書を作成いたします。


認知症が絡み、遺言能力や意思能力が争点となる複雑な案件でお悩みの際は、ぜひ一度当研究会にご相談ください。



 執筆責任者:医療鑑定研究会 代表医師 中嶋 浩二


医療鑑定研究会 中嶋浩二医師

【略歴】

2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部医学科卒業

2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部附属病院

2003年 Baskent University Ankara Hospital

2006年 昭和大学(現 昭和医科大学)藤が丘病院

2015年 東京警察病院

2018年 牧野リハビリテーション病院(現職)


【資格】

日本専門医機構脳神経外科専門医

日本認知症学会専門医

日本認知症学会指導医

日本職業・災害医学会認定労災補償指導医

日本脳卒中学会専門医

厚生労働省認知症サポート医養成研修終了 等





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