交通事故や労災による高次脳機能障害【保存版マニュアル①】頭部外傷の事実と衝撃の強さを確認する
- 医療鑑定研究会 中嶋浩二

- 2025年12月24日
- 読了時間: 7分

はじめに:本マニュアルを作成する目的
交通事故や労災では、頭のケガで日常生活や社会生活に大きな支障をきたす「高次脳機能障害」という後遺障害が残ることがあります。
私は長年、脳神経外科の専門医として、高次脳機能障害の診療に従事してきました。
この高次脳機能障害について、一般の皆さんにも理解しやすく、正確な情報を提供することが社会的責任であると考えています。
高次脳機能障害とは、簡単に言うと、脳が損傷されたことによって引き起こされる、記憶力、注意力、遂行機能、そして感情のコントロールといった「人間らしい複雑な脳の働き」の障害です。
この障害は、手足の麻痺や損傷などとは異なり、外見上、障害があるとは気づかれにくいため「見過ごされやすい障害」とも呼ばれ、適切な診断や後遺障害等級の認定に結びつきにくいという大きな課題があります。
そういった課題を克服するためには、高次脳機能障害のことを網羅的に解説した資料が役立つと考えました。
この【保存版マニュアル】では、数回に分けて、交通事故による脳損傷のメカニズムや診療の過程、後遺障害として認定されるための医学的な基準までわかりやすく解説していきます。
初回は、高次脳機能障害の原因となる「頭部外傷」がテーマです。
ぜひ最後までお読みください。
頭部外傷の事実確認
交通事故や労災の後遺障害としての高次脳機能障害は、「脳の損傷(ダメージ)」に基づくものです。
脳の損傷は、頭部に外力(衝撃)が加わる、すなわち頭部外傷によって発生します。
ということは「交通事故や労災で高次脳機能障害が発生した」と考える上で、頭部外傷の事実を確認することは必須です。
2008年に、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部国立身体障害者リハビリテーションセンターが作成した「高次脳機能障害者支援の手引き(改訂第2版)の診断基準」でも、次のように記載されています。
「脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている」
つまり、頭部外傷の事実を確認することは、交通事故や労災の後遺障害としての高次脳機能障害を検討する際、「入口」として非常に重要といえます。
具体的にどのような事実を確認すべきなのか、順に説明します。
診療録で頭部外傷の事実を確認する
頭部外傷の事実を確認する上で、最も確実な方法は診療録(カルテ)の内容で証明することです。
事故後、被害者が受診した医療機関の診療録を取り寄せ、初診時の記録を確認します。
そこに、頭部の外傷所見が記載されていれば、事故による頭部外傷の事実が明らかとなります。
具体的には、「後頭部に発赤と腫脹を認める」や「前額部に3cmの挫創を認める」といった記載です。また、顔面の外傷でも頭部へ衝撃が加わるため、見落とさないよう注意しましょう。
なお、挫創とは「鈍体が強く作用した部位の皮膚や皮下組織が挫滅され、皮膚が離断した創」のことです(南山堂「医学大辞典 19版」)。通常は出血を伴います。
(※「鈍体」:鋭利なものではないが、打撲や圧迫による損傷を引き起こす物体)
こういった外傷所見に加えて、被害者が頭痛や嘔気(吐き気)を訴えていたことが診療録に明記されていれば、頭部外傷の事実は疑いようがありません。
逆に、頭部外傷の事実を否定するような記載を診療録で認める場合もあります。
たとえば、
「頭部外傷の有無は不明」
「頭部には特に外傷なし」
「本人も頭を打ったのか覚えていない」
といった内容です。
こういった診療録の記載は、事故による高次脳機能障害を主張する上で、大前提となる頭部外傷そのものを否定する内容なので、注意が必要です。

頭部への衝撃の強さを推測する
交通事故や労災で頭部にどの程度の衝撃(外力)が加わったかを正確に知ることは、その後の脳損傷の程度を判断する上で非常に重要です。
■ 事故の様子から外力の推測
事故の様子(態様ともいいます)をくわしく把握することで、頭部への衝撃の強さを推測することができます。
そうなると「事故がどのような状況で起きたか」という情報が重要なのです。
専門用語では、「受傷機転」といいます。
簡単に言えば、どのようにして頭にケガを負ったのか、という内容です。
裁判でも、事故の様子から「頭部にどのような衝撃が加わったのか」を丁寧に立証したことで、CTやMRIといった画像検査で脳の損傷がはっきりしない場合であっても、高次脳機能障害が認定された例があります。
たとえば、歩行者とワゴン車が衝突した交通事故で、歩行者が頭部にケガを負ったとします。その場合、ワゴン車(加害車両といいます)のフロントガラスがどの程度ひどく割れているか、といった状況から、頭部への衝撃を推測することができます。
また、自転車とトラックが衝突した交通事故では、自転車を運転している被害者の身体に直接、強い衝撃が加わることが多いため、頭部のケガも深刻となることが推測できます。
■ 頭部への衝撃を推測するために必要な資料
このように事故の様子をくわしく知るためには、病院の記録、すなわち診療録(カルテ)を読むだけでは不十分です。
事故の実況見分や救急隊の搬送記録といった資料を取り寄せて確認することで、事故の様子や事故直後の状態をくわしく知ることができます。
具体的には以下のような点を確認します。
・車両が関与する事故の場合、衝突した時のスピードはどの程度であったのか
・加害車両のフロントガラスに被害者の頭部が衝突した場合、フロントガラスは蜘蛛の巣状に割れているか
・被害者が着用していたヘルメットが割れているか
・被害者が自転車で、生身のまま地面に叩きつけられたか
これらの情報は、頭部へどれほどの衝撃が加わったのかを推測する、重要な「証拠」となります。できるだけくわしく情報を集めると良いです。
実際の裁判でも、事故の様子から頭部への衝撃が強かったと推認されるとして、高次脳機能障害を肯定する判断が示されています。
「原告は、本件事故により出血を伴う頭部挫創の傷害を負ったこと、自転車の運転中に本件事故に遭ったため身体に直接衝撃を受けたこと、被告車両の速度が時速30ないし35キロメートルで、被告車両のフロントガラスには凹みとひびが生じたこと等に鑑みると、原告の頭部には相当な衝撃が加わったと推認され、外傷性高次脳機能障害の原因となり得る頭部の外傷を受傷したと認められる。」(名古屋地裁 平成30年3月20日判決)
この判決文からもわかるとおり、
・頭部挫創
・被害者は自転車
・加害車両の速度
・加害車両のフロントガラスの損傷程度
といったポイントを押さえて立証したことが高次脳機能障害の認定につながった一因といえるでしょう。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
今回は、高次脳機能障害の原因となる「頭部外傷」をテーマに、実務で役立つ内容を解説しました。皆さまが高次脳機能障害を深く理解する上でお役に立てたら幸いです。
次回は「脳を損傷する加速度」について解説します。高次脳機能障害が後遺障害として大きな問題となる「びまん性軸索損傷」を理解するために、とても重要な内容なので、ぜひ次回もお読みください。
執筆責任者:医療鑑定研究会 代表医師 中嶋 浩二

【略歴】
2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部医学科卒業
2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部附属病院
2003年 Baskent University Ankara Hospital
2006年 昭和大学(現 昭和医科大学)藤が丘病院
2015年 東京警察病院
2018年 牧野リハビリテーション病院(現職)
【資格】
日本専門医機構脳神経外科専門医
日本職業・災害医学会認定労災補償指導医
日本脳卒中学会専門医
日本認知症学会専門医
日本認知症学会指導医
厚生労働省認知症サポート医養成研修終了
日本プライマリ・ケア連合学会認定医 等







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