【医師解説】頭部打撲のなかでも抗凝固薬の服用者が危険な理由
- 医療鑑定研究会 中嶋浩二
- 7月1日
- 読了時間: 12分
抗凝固薬服用者の頭部打撲はなぜ危険なのか
頭を打った経験は誰にでもあるでしょう。
多くの場合、たんこぶができる程度で大事に至らないことがほとんどです。
しかし、抗凝固薬や抗血小板薬を服用している方が頭部を打撲した場合は話が違います。
命に関わる危険な状態に陥る可能性が一気に高まるのです。
脳神経外科医として24年の臨床経験をとおして、私はこれまで数多くの頭部外傷患者を診てきました。
この記事では、なぜ抗凝固薬服用者の頭部打撲が特に危険なのか、どのような症状に注意すべきか、そしてもし頭を打ってしまった場合にどう対応すべきかを詳しく解説します。弁護士の先生方にとって、事件の精査を行う上で役立つ内容かと思いますので、ぜひ最後までお付き合いください。

血液をサラサラにする薬とは?その役割と種類
まず基本的なことから説明しましょう。抗凝固薬や抗血小板薬とは、血液の固まりやすさを抑える薬のことです。これらは一般的に「血液をサラサラにする薬」と呼ばれています。
これらの薬は主に、心房細動や脳梗塞、心筋梗塞の既往がある方、人工弁置換術を受けた方などに処方されます。血栓(血の塊)ができるのを防ぎ、脳梗塞や心筋梗塞などの重大な病気を予防する重要な役割を担っているのです。
抗凝固薬と抗血小板薬は、作用機序が異なります。簡単に言うと、抗凝固薬は血液が固まる過程そのものを抑制し、抗血小板薬は血小板の働きを抑えて血栓形成を防ぎます。
主な抗凝固薬
抗凝固薬には以下のようなものがあります:
ワーファリン(ワルファリン):古くから使われている代表的な抗凝固薬
DOAC(直接作用型経口抗凝固薬)
特にワーファリンは効果の個人差が大きく、定期的な血液検査によって投与量を調整する必要があります。DOACは比較的新しいタイプの薬で、ワーファリンと比べて食事制限が少なく、定期的な血液検査も不要なケースが多いという利点があります。
主な抗血小板薬
抗血小板薬には以下のようなものがあります:
アスピリン:最も広く使われている抗血小板薬
クロピドグレル
シロスタゾール
これらの薬は単独で使われることもあれば、病状によっては2種類を併用することもあります。例えば、冠動脈ステント留置後には、アスピリンとクロピドグレルの2剤を一定期間併用するケースが多いです。
抗凝固薬服用者が頭部打撲で危険な理由
抗凝固薬や抗血小板薬を服用している方が頭部を打撲した場合、特に注意が必要です。なぜなら、これらの薬は本来の目的である「血液を固まりにくくする」という作用が、頭部外傷時には大きなリスクとなるからです。
通常、体のどこかに傷ができると、血液中の様々な因子が働いて出血を止める仕組みが作動します。しかし、抗凝固薬や抗血小板薬を服用していると、この止血機能が弱まっているため、頭蓋内で出血が起きた場合に血が止まりにくくなるのです。
私の臨床経験でも、抗凝固薬服用中の患者さんは、同じような軽度の頭部打撲でも、服用していない方と比べて頭蓋内出血を起こす確率が明らかに高いことを実感しています。実際、研究データでも、抗凝固薬服用者は頭部外傷後の頭蓋内損傷リスクが高いことが示されています。
頭蓋内出血のメカニズム
頭部打撲によって頭蓋内出血が起こるメカニズムを簡単に説明しましょう。
頭を強く打つと、脳が頭蓋骨の内側にぶつかったり、急激に動いたりすることで、脳表面の血管や脳と頭蓋骨の間にある硬膜という膜の血管が損傷することがあります。
通常なら、血液凝固システムが働いて出血はすぐに止まりますが、抗凝固薬服用中はこの止血機能が抑制されているため、少量の出血でも止まりにくく、徐々に血腫(血の塊)が大きくなっていくことがあるのです。
特に危険なのは、打撲直後は症状がなくても、数時間から数日かけて徐々に血腫が大きくなり、ある時点で急に症状が出現することです。これは医学的には「Talk and Deteriorate(会話可能な状態から悪化する)」と呼ばれる現象で、抗凝固薬服用者では特に注意が必要です。
(併せて読みたい記事:院内発症の急性硬膜下血腫で予後不良となる要因とは?)
統計的に見た危険性
抗凝固薬服用者の頭部打撲がどれほど危険かを示す統計データを見てみましょう。ある研究では、抗凝固薬を服用している患者さんが頭部外傷を受けた場合、服用していない方と比較して頭蓋内出血のリスクが約1.9倍高いことが報告されています。
また、抗凝固薬と抗血小板薬を併用している場合は、リスクがさらに高まり、約2.9倍になるというデータもあります。これは決して無視できない数字です。
私が経験した症例でも、軽い転倒で頭を打った高齢の患者さんが、抗凝固薬を服用していたために数時間後に意識レベルが低下し、緊急手術が必要になったケースが何度もありました。
警戒すべき危険信号と症状
抗凝固薬服用中に頭部打撲をした場合、どのような症状に注意すべきでしょうか。以下に、特に警戒すべき危険信号をまとめました。
これらの症状は、頭蓋内出血の可能性を示唆するものです。一つでも当てはまる場合は、すぐに医療機関を受診すべきといえます。
頭部打撲直後から注意すべき症状
意識レベルの低下(呼びかけに対する反応が鈍い、眠気が強いなど)
激しい頭痛(特に「今まで経験したことがないような痛み」)
吐き気・嘔吐(特に繰り返す嘔吐)
めまい、ふらつき
片側の手足の麻痺やしびれ
言葉が出にくい、ろれつが回らない
瞳孔の大きさの左右差
けいれん発作
これらの症状は、打撲直後から現れることもあれば、数時間から数日経ってから現れることもあります。特に注意すべきは、最初は元気に会話ができていたのに、徐々に症状が出てくるパターンです。
遅れて現れる可能性のある症状
抗凝固薬服用者の場合、打撲後しばらく経ってから症状が現れることがあります。特に以下のような変化に注意してください:
頭痛が徐々に強くなる
だんだん眠くなる、起こしにくくなる
普段と様子が違う、何となくおかしい
物忘れが急に増えた、同じことを何度も言う
歩き方がおかしい、つまずきやすくなった
尿失禁が増えた(特に高齢者)
これらの症状は、慢性硬膜下血腫という、ゆっくりと進行する頭蓋内出血の可能性を示唆しています。特に高齢者では、認知症と間違われることもあるので注意が必要です。
私の臨床経験では、抗凝固薬を服用している高齢者が転倒して頭を打った後、3週間ほど経ってから家族に「最近おかしい」と連れてこられ、CTで大きな慢性硬膜下血腫が見つかるケースが少なくありません。
頭部打撲後の適切な対応と受診の目安
抗凝固薬服用中に頭部打撲をした場合、どのように対応すべきでしょうか。結論から言うと、基本的には医療機関を受診することをお勧めします。特に以下のポイントを押さえておきましょう。
私が脳神経外科医として強調したいのは、抗凝固薬服用者の頭部打撲は「念のため」の受診が命を救うということです。
頭部打撲直後の対応
まず、頭部打撲直後にすべきことを時系列で説明します。
意識の確認:本人または周囲の人が、意識がはっきりしているかを確認
出血の確認:頭部からの出血があれば、清潔なガーゼやタオルで圧迫止血
安静にする:無理に動かさず、安静にする
症状の観察:上記の危険信号がないか注意深く観察
そして、抗凝固薬服用中の方は、症状の有無にかかわらず、基本的には医療機関を受診することをお勧めします。
「たいしたことないから」と自己判断するのは危険です。頭蓋内出血は初期には症状が軽微でも、時間とともに悪化する可能性があります。
必ず受診すべきケース
以下の場合は、必ず医療機関を受診すべきです。
意識がはっきりしない、もうろうとしている
激しい頭痛がある
吐き気・嘔吐がある
手足のしびれや麻痺がある
言葉が出にくい、ろれつが回らない
けいれんを起こした
高齢者(65歳以上)
抗凝固薬と抗血小板薬を併用している
飲酒中または酔っている状態で頭を打った
高所からの転落など、強い衝撃を受けた
特に抗凝固薬服用中の高齢者が頭部打撲した場合は、症状がなくても受診をお勧めします。なぜなら、高齢者は脳が萎縮しているため、頭蓋内出血を認めても、症状が出現しにくいからです。
受診する医療機関の選び方
頭部打撲後に受診する医療機関は、可能であれば脳神経外科のある病院が望ましいです。脳神経外科では、頭部CT検査を行い、頭蓋内出血の有無を確認することができます。
夜間や休日の場合は、救急外来を受診してください。その際、抗凝固薬や抗血小板薬を服用していることを必ず医師に伝えましょう。可能であれば、お薬手帳を持参するとよいでしょう。
私の経験では、抗凝固薬服用中の患者さんが頭部打撲で受診した場合、たとえ症状が軽くても、念のためCT検査を行うことが多いです。これは、目に見えない頭蓋内出血を早期に発見するためです。
医療機関での検査と治療
抗凝固薬服用中に頭部打撲をして医療機関を受診した場合、どのような検査や治療が行われるのでしょうか。ここでは、医療現場での対応について説明します。
脳神経外科医として強調したいのは、頭部外傷の場合、早期発見・早期治療が予後を大きく左右するということです。特に抗凝固薬服用者では、この原則がより重要になります。
頭部CT検査の重要性
頭部打撲後の最も重要な検査は「頭部CT検査」です。これは、X線を使って頭の中を輪切りにした画像を撮影する検査で、頭蓋内出血の有無を確認するのに最適です。
CT検査は短時間(数分程度)で終わり、痛みもありません。被ばくの心配をされる方もいますが、頭部外傷の診断における利益は、被ばくによるリスクをはるかに上回ります。
抗凝固薬服用中の方が頭部打撲で受診した場合、症状が軽くても、多くの医療機関ではCT検査を行います。これは、目に見えない頭蓋内出血を早期に発見するためです。
(併せて読みたい記事:臨床医の頭部CT読影手順とは)

検査結果に基づく治療方針
CT検査の結果によって、その後の対応が決まります。
出血がない場合:帰宅して経過観察となることが多いですが、抗凝固薬服用者では後から出血が起こる可能性もあるため、注意事項の説明を受け、場合によっては短期間の入院や再検査が必要になることもあります。
小さな出血がある場合:状況によっては入院して経過観察となります。抗凝固薬の一時中止や、拮抗薬(効果を打ち消す薬)の投与が検討されることもあります。
大きな出血や脳への圧迫がある場合:緊急手術が必要になることがあります。主な手術は、開頭して血腫を除去する「開頭血腫除去術」や、頭に小さな穴をあけて血腫を排出する「穿頭術」などです。
抗凝固薬服用中の患者さんでは、出血がある場合、薬の効果を中和するために、ビタミンK(ワーファリンの場合)といった薬剤を投与されることがあります。
抗凝固薬服用者の頭部打撲予防と日常生活の注意点
抗凝固薬を服用している方にとって、頭部打撲を予防することは非常に重要です。ここでは、日常生活での注意点と予防策について解説します。
私が診療の中で患者さんによく伝えているのは、「予防が最良の治療」ということです。特に抗凝固薬服用者は、転倒予防に力を入れることで、危険な頭部外傷のリスクを大幅に減らすことができます。
転倒予防のための環境整備
まず、自宅内の環境を整えることが重要です。以下のポイントに注意しましょう。
床の段差をなくす、または目立つようにする
滑りやすいカーペットや敷物を固定する
廊下や階段に手すりを設置する
浴室や洗面所に滑り止めマットを敷く
トイレや浴室に手すりを設置する
室内の照明を明るくする(特に夜間のトイレへの経路)
よく使うものは手の届きやすい場所に置く(高い場所の物を取ろうとして転倒することを防ぐ)
これらの環境整備は、特に高齢者にとって重要です。転倒の多くは自宅で起こるため、自宅環境の安全確保が転倒予防の第一歩となります。
身体機能の維持・向上
転倒予防には、身体機能の維持・向上も欠かせません。特に以下の点に注意しましょう。
定期的な運動で筋力を維持する(特に下肢の筋力)
バランス感覚を鍛える運動を取り入れる
適切な靴を選ぶ(滑りにくく、足にフィットするもの)
必要に応じて杖や歩行器を使用する
めまいや立ちくらみがある場合は、急に立ち上がらない
視力低下がある場合は、適切な眼鏡を使用する
私が患者さんに特にお勧めしているのは、バランス感覚を鍛える運動です。これらは激しい運動ではないため、高齢者でも無理なく続けられます。
薬の管理と医師への相談
抗凝固薬の管理も重要です。以下のポイントを守りましょう。
処方された用量を守り、勝手に中断しない
他の薬との相互作用に注意する(新しい薬を飲み始める際は医師に相談)
アルコールの過剰摂取を避ける(バランスを崩しやすくなる上、薬の効果に影響することも)
定期的な通院と血液検査を欠かさない(特にワーファリン服用者)
手術や歯科治療の前には、抗凝固薬の調整が必要な場合があるので、必ず医師に相談する
抗凝固薬は命を守る大切な薬ですが、その副作用として出血リスクが高まることを理解し、適切に管理することが重要です。
転倒して頭を打ってしまったときのために、緊急連絡先や服用している薬の情報を常に携帯しておくことも大切です。
まとめ:抗凝固薬服用者の頭部打撲への対応
この記事では、抗凝固薬服用者の頭部打撲がなぜ危険なのか、どのような症状に注意すべきか、そしてどう対応すべきかを解説してきました。最後に重要なポイントをまとめます。
抗凝固薬や抗血小板薬を服用している方が頭部を打撲した場合、頭蓋内出血のリスクが高まります。これらの薬は血液を固まりにくくする効果があるため、出血が止まりにくく、徐々に血腫が大きくなる可能性があるのです。
特に注意すべき症状としては、意識レベルの低下、激しい頭痛、吐き気・嘔吐、手足のしびれや麻痺、言葉の障害などがあります。これらの症状は打撲直後から現れることもあれば、数時間から数日経ってから現れることもあります。
抗凝固薬服用中に頭部打撲をした場合、基本的には医療機関を受診することをお勧めします。特に高齢者や、抗凝固薬と抗血小板薬を併用している方は、症状がなくても受診すべきです。
医療機関では、頭部CT検査が行われ、頭蓋内出血の有無が確認されます。出血がある場合は、その大きさや場所によって、経過観察や手術などの治療方針が決まります。
予防策としては、転倒しにくい環境づくりや、筋力・バランス感覚の維持、適切な薬の管理が重要です。
脳神経外科医として24年間、数多くの頭部外傷患者を診てきた経験から言えることは、抗凝固薬服用者の頭部打撲は決して軽視すべきではないということです。「念のため」の受診が、取り返しのつかない事態を防ぐことにつながります。
この記事の情報が少しでもお役に立てば幸いです。
最後に、この記事はあくまで一般的な情報提供を目的としたものです。具体的な症状や対応については、必ず医療機関で専門医の診察を受けてください。
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