高次脳機能障害【保存版マニュアル②】脳損傷のメカニズム
- 医療鑑定研究会 中嶋浩二

- 1月20日
- 読了時間: 6分

はじめに:前回のおさらい
前回は、高次脳機能障害を引き起こす「頭部外傷」の例で、初めに確認すべきことをテーマにお話しました。
交通事故や労災による後遺障害として、高次脳機能障害の有無や程度を検討する際、初めに「2つのこと」を確認する必要があります。
ひとつは「頭部外傷の事実」、もうひとつは「頭部への衝撃の強さ」です。
これらを確認せずに、検討を進めてしまうと、積み重ねた苦労が水泡に帰するリスクがあるので、くれぐれもご注意ください。
さて、今回は、脳損傷のメカニズムについて解説します。
高次脳機能障害を検討する上で、事故の瞬間に「頭の中で何が起きているのか」を理解することが極めて重要です。ぜひ最後までお読みください。
1. 衝撃の伝わり方:頭の中で脳損傷はどのように発生するのか
脳は「頭蓋骨(ずがいこつ)」という硬い容器の中に、脳脊髄液(のうせきずいえき)という水と一緒に浮いている、非常に柔らかい組織です。
「水に浮いている豆腐」をイメージするとわかりやすいと思います。
ぶつけた場所の反対側が危ない
事故の瞬間、頭に強い衝撃が加わると、脳は頭蓋骨の中で激しく揺れ動きます。
例えば、後頭部を強く打った場合、その直下にある脳に損傷を生じることは想像しやすいと思います。これを「直撃損傷」といいます。
さらに、水に浮いている脳は、激しく揺れ動いた際に、頭の前面の骨にも激しく叩きつけられます。これを「反衝(はんしょう)損傷」と呼びます。
打撲した場所の反対側の脳が損傷を受けてしまう現象です。

前頭葉は感情や計画性を司るため、ここが傷つくと高次脳機能障害の原因となります。
よく「後頭部を打撲すると危険」と言われていますが、「大切な前頭葉に反衝損傷が生じてしまうから」というのがその理由です。
ここまでは、頭を打撲したときに生じる「局所的な損傷」をお話してきました。
脳の局所的な損傷を一般的に脳挫傷といいます。
脳挫傷とは「脳の不可逆的な挫滅創のこと」です。不可逆的という言葉どおり、頭部外傷で脳挫傷が発生すると、その場所は機能が失われてしまいます。
もし、記憶や注意といった大切な機能を担っている場所であれば、記憶障害や注意障害といった後遺障害につながるのです。
2. 回転の力で発生する「びまん性軸索損傷」
高次脳機能障害の最も問題となるのが「びまん性軸索(じくさく)損傷」です。
「びまん性」とは「広範囲に広がっている」という意味で、脳の広い範囲にダメージが及んでいる状態を指します。
「せん断力」というハサミのような力
交通事故や労災の際、頭に強い「回転する力(回転加速度)」が加わると、脳の内部には「せん断力」が発生します。
脳は場所によってやわらかさが違います。
そのため、頭に大きな力が加わると、脳の揺れ方のタイミングも場所によって違うのです。
脳の硬い部分はすぐに揺れはじめるけど、やわらかい部分は少し遅れます。
このタイミングのズレによって「硬い部分」と「やわらかい部分」の境界部分に引き裂かれる力が発生します。これが「せん断力」です。

せん断力によって、脳の神経細胞をつなぐケーブルである「軸索(じくさく)」が、広範囲にわたって引きちぎられてしまいます。
神経のケーブルが断線してしまうため、脳全体の情報のやり取りがうまくいかなくなり、様々な障害が現れるのです。
そう考えると、頭部外傷で最も恐ろしいのは脳に「回転する力」が加わることだといえます。
たとえば、どのような事故で脳に「回転する力」が加わるのでしょうか。
典型的なのはバイク走行中の事故です。転倒した際、体がバイクから離れて路上を転がると、頭部も回転します。
ヘルメットには目立った損傷がないのに、後遺障害として重度の高次脳機能障害を認めることがあります。ひどいと事故後から意識が戻りません。
原因は、回転する力によって脳にせん断力が加わり、広い範囲で大切なケーブルである「軸索」が切れてしまったからです。びまん性軸索損傷はこのようにして発生します。
脳には離れた場所でも情報をやり取りできるケーブルがあちこちに張り巡らされています。このケーブルのことを「線維」といいます。


脳は全体でネットワークを形成することにより、非常に高度な機能を発揮しているのです。
しかし、脳に回転する力が加わると、この大切な線維が切れてしまいます。少し切れたくらいでは、障害が目立たない場合もありますが、いたるところで切れてしまうと重篤な後遺障害を認めます。
3. 事故の瞬間から始まる一次性損傷と追い打ちをかける二次性損傷
脳のダメージは、事故が起きた「その瞬間」だけで終わるわけではありません。
医師はこれを「一次性損傷」と「二次性損傷」の2つのステップに分けて考えてみましょう。
一次性損傷(事故の瞬間の破壊)
「一次性損傷」とは、受傷時の衝撃によって、脳組織が直接壊れたり、神経が断裂したりすることを指します。
これは物理的に組織が壊れてしまった「不可逆的(ふかぎゃくてき)」な損傷で、元に戻すことは現実的に不可能です。
二次性損傷(後から追い打ちをかけるダメージ)
恐ろしいのは、事故の数分後から数日間にわたって進行する「二次性損傷」です。
損傷を受けた脳はひどく腫れたり(脳浮腫)、頭蓋骨の内部で圧力が高まったりします。
これにより、周囲の健康な脳細胞までもが圧迫されたり、血液が行き渡らなくなったりして破壊されてしまうのです。
他にも、低酸素、低血圧、高体温、てんかんなどが、弱った脳にさらなる追い打ちをかけます。
この「二次的な悪化」を最小限に食い止めるために、事故直後からの適切な治療が不可欠なのです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
今回は、高次脳機能障害を引き起こす脳損傷のメカニズムを解説しました。皆さまが高次脳機能障害を深く理解する上でお役に立てたら幸いです。
次回は、高次脳機能障害の原因となる脳損傷をどうやって検査し、診断を確定させるのか、より具体的なステップを解説していきます。とても重要な内容なので、ぜひ次回もお読みください。
執筆責任者:医療鑑定研究会 代表医師 中嶋 浩二
【略歴】
2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部医学科卒業
2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部附属病院
2003年 Baskent University Ankara Hospital
2006年 昭和大学(現 昭和医科大学)藤が丘病院
2015年 東京警察病院
2018年 牧野リハビリテーション病院(現職)
【資格】
日本専門医機構脳神経外科専門医
日本職業・災害医学会認定労災補償指導医
日本脳卒中学会専門医
日本認知症学会専門医
日本認知症学会指導医
厚生労働省認知症サポート医養成研修終了
日本プライマリ・ケア連合学会認定医 等






