交通事故や労働災害の頭部外傷後に生じる精神・行動変化とは?~高次脳機能障害の見逃せない症状~
- 医療鑑定研究会 中嶋浩二

- 2 日前
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■ はじめに
医療鑑定研究会 代表医師の中嶋です。
当研究会では、全国の法律事務所の先生方から、交通事故や労働災害などによる頭部外傷後の「高次脳機能障害」に関する医学鑑定のご相談を多数いただいております。
外見上は身体的な回復を遂げたように見えても、「事故前とは別人のように性格が変わってしまった」「仕事でミスを連発し、対人トラブルが絶えない」といった深刻な社会的行動障害が生じるケースは少なくありません。
アメリカにおける統計では、毎年140万人が新たに外傷性脳損傷を受傷し、そのうち530万人が脳損傷に関連した障害を抱えて生活しているとされています。
日本でも交通外傷等により、受傷後長期間にわたって見過ごされがちな後遺症を抱えている方が多数存在します。今回は、頭部外傷後に生じる複雑な精神症状と行動変化について、法務実務に役立つ医学的知識を詳細に解説いたします。
■ 診断を困難にする「二次的症状」との混在
高次脳機能障害には、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、そして社会的行動障害などが含まれます。
実務上これらの診断を難しくしているのは、症状が外傷性脳損傷による直接的な器質的後遺症なのか、あるいは事故後の失職、長期入院、経済的損失といった多大なストレスから二次的に生じた精神症状なのかが混在している点です。
正確な医学鑑定には、受傷機転や脳損傷のメカニズムを正しく理解し、症状の要因を紐解くことが不可欠です。
(関連記事:脳損傷はなぜ発生する?脳外科専門医がメカニズムを解説)
■ 「局所脳損傷」による精神・行動の変容
直達外力や、その反対側への衝撃によって生じる局所脳損傷では、頭蓋底の形状等の理由から、前頭葉(眼窩前頭前野や腹内側面)や側頭極が特に損傷を受けやすいとされています。これらが損傷すると、以下のような特徴的な症状が現れます。
アパシー(意欲低下)
単なる「うつ状態」と誤認されやすいですが、前頭葉腹内側面などの損傷によるアパシーは「自発的行動、目的を持った活動の量的な低下」と定義されます。患者さんは自らの状態に強い無関心を示し、以前興味を持っていたことへの関心も失ってしまいます。
脱抑制と反応的攻撃性
眼窩前頭前野の損傷によって生じやすいのが、脱抑制や攻撃性です。頭部外傷後の攻撃性は、何らかの目的達成のために振るわれる「道具的攻撃」ではなく、些細な出来事に突発的・爆発的に激怒し、すぐにおさまる「反応的攻撃」が多いのが大きな特徴です。
※見逃されやすい嗅覚脱失
前頭葉眼窩面(底面)の挫傷は、CTやMRIでも画像上検出しにくいことがあります。しかし、嗅索が直回のすぐ横を走行しているため、嗅覚の脱失(においが分からない)が認められた場合は、前頭葉底面の脳挫傷を積極的に疑う重要な医学的サインとなります。
(関連記事:前頭葉の機能解剖と障害)
■ 「びまん性軸索損傷」による複雑な症状と病識の欠如
主に事故の激しい回転力によって、脳の中心構造や脳幹部、脳梁などの神経軸索が広範囲に損傷するのが「びまん性軸索損傷」です。発症後に大脳白質の変性や萎縮が進行し、局所脳損傷とは異なる複雑な症状を呈することがあります。
躁状態や被害念慮
気分が過度に高揚して見知らぬ人に性的脱抑制を示したり、認知機能の低下に伴って「他人に陰口をたたかれている」といった被害関係念慮や、強いこだわり傾向を生じたりすることがあります。
深刻な「病識の低下」
Flashmanらは、脳損傷患者の病識(自分の障害に対する気づき)を3つの次元で分類しています。第一に「特定の障害を持っていること自体の知識(Knowledge)」、第二に「障害に対する適切な感情反応(Emotional Response)」、第三に「障害が社会生活に与える影響の理解(Generalization)」です。多くの患者さんは、記憶が悪いという知識はあっても、それが仕事や社会生活に与える影響を正しく理解できず、自分の作業能力を過大評価して対人トラブルを引き起こします。この病識の低下が、社会復帰やリハビリテーションを大きく妨げる要因となります。
(関連記事:びまん性軸索損傷を頭部MRIで診断する)
■ 頭部外傷の重症度分類と「軽症」でも残存する後遺障害
Raoら(2000年)は、受傷直後のGlasgow Coma Scale(GCS)、意識消失期間、前向性健忘の長さによって、頭部外傷自体の重症度を以下のように分類しています。

実務上、極めて重要なポイントがあります。それは「Mild(軽症)」に分類されるいわゆる軽度外傷性脳損傷(MTBI)であっても、後遺障害が残存し得るという事実です。
頭痛などの疼痛、めまい、注意力の低下(特に注意の分散・維持の低下)、光や音に対する過敏性、易疲労性といった症状は、重症例に限らず軽症例でも少なからず生じており、対策が必要な場合が多く見られます。
また、複視や味覚障害・嗅覚障害といった脳神経所見が存在する場合は、大きな外力による損傷を受けたことの間接的な証拠となり得ます。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
交通事故等の損害賠償請求において、高次脳機能障害による精神症状や行動変化は、「単なる性格の変化」や「事故のショックによる一時的なうつ」として過小評価されがちです。
また、ご本人に病識がない場合、ご家族の負担は計り知れないものの、それがカルテや診断書に適切に反映されておらず、適正な後遺障害等級が認定されないケースも散見されます。
当研究会では、脳神経外科専門医の視点から、MRI等の画像所見、受傷直後の意識状態、神経心理学的検査の結果、生活状況の記録などを総合的に精査いたします。
局所脳損傷やびまん性軸索損傷といった器質的損傷と、現在の精神・行動障害との医学的因果関係を客観的かつ論理的に証明し、適正な解決を導くための医学意見書を作成しておりますので、複雑な高次脳機能障害の事案でお悩みの先生方は、ぜひ一度当研究会にご相談ください。
執筆責任者:医療鑑定研究会 代表医師 中嶋 浩二

【略歴】
2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部医学科卒業
2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部附属病院
2003年 Baskent University Ankara Hospital
2006年 昭和大学(現 昭和医科大学)藤が丘病院
2015年 東京警察病院
2018年 牧野リハビリテーション病院(現職)
【資格】
日本専門医機構脳神経外科専門医
日本認知症学会専門医
日本認知症学会指導医
日本職業・災害医学会認定労災補償指導医
日本脳卒中学会専門医
厚生労働省認知症サポート医養成研修終了 等





