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執筆者の写真医療鑑定研究会 中嶋浩二

【成人軽症頭部外傷の診断と治療】改定された頭部外傷の治療と管理のガイドラインについて

(2022.11.30)


代表医師の中嶋です。


今回は【成人軽症頭部外傷の診断と治療】というテーマで、

改定された頭部外傷の治療と管理のガイドライン第4版を中心に解説したいと思います。



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■はじめに


2019年10月に頭部外傷のガイドラインが6年半ぶりに改定されました。

大きく変わったのは題名から「重症」の文字が削除されたことです。


題名から重症の文字が削除されたことで,

軽症から重症まで,頭部外傷全般のガイドラインであることが鮮明になりました。

題名は治療・管理のガイドラインですが,診断も含め記載されています。


■軽症頭部外傷の診断基準について


意識レベル Glasgow Coma Scale (GCS) 13〜15点を軽症とした診断基準に変更はありません30)

意識レべルに,意識消失30分以内かつ外傷性健忘24時間以内を加えて診断することになります。

診断には,アルコールを含めた薬物およびストレス関連障害などの影響を除外する必要があるとされています。 

参考所見として,軽症頭部外傷は,機能障害を定義とする脳振盪とは異なり,

脳損傷が加わった状態であると記載されています。


これは特定の検査,たとえば computed tomography (CT)での異常所見を有する場合のみという意味ではなく,

CTで異常がない場合でも他の検査や所見で脳損傷が確認できた場合軽症に含まれます。

診断基準の違いから脳振盪は章として独立しました29)


■脳振盪について


脳振盪はスポーツ頭部外傷として独立した章となっています29)。 

慢性外傷性脳症はスポーツ頭部外傷の中に記載されているものの,

脳振盪後症候群は軽症頭部外傷の中にある点に注意する必要があります。

また,セカンドインパクト症候群の項目はありません。


脳振盪に明らかに有効な他覚的診断法はないとガイドラインで記載されている。

解説で,脳振盪は一過性の可逆的な機能障害であり,形態学的な異常は伴わないとの定義が紹介されている。

意識消失,健忘,精神心理学的異常,頭痛,めまい,疲労感,不安定感などの症状から脳振盪を疑うが,スポーツ脳振盪では診断ツールとして Sports Concussion Assessment Tool 5 (SCAT5)を用いた診断がなされています5)


しかしながら,SCAT5は医師しか使用できないため,

医師以外でも使用可能で簡便なConcussion Recognition Tool 5 (CRT5)が27),競技現場では使用されています。

意識消失を伴うことはむしろ少なく,頭痛やぼーっとした症状を自覚していることが多いようです。

実際,2020年7月4日,米大リーグの田中将大投手が対戦形式の練習中に頭部に打球を受け,

症状は頭痛のみでしたが,脳振盪と診断されたと報道されています32)

繰り返す脳振盪に伴う脳損傷あるいは脳振盪後症候群を防ぐために,

各競技団体で復帰プログラムが定められており,このプログラムに則った競技への復帰がなされています1)21)‒23)28)


繰り返す脳振盪に伴う脳損傷(セカンドインパクト症候群)は,

スポーツ頭部外傷では留意すべき病態ですが33),ガイドラインに記載はありません。

この病態に対して多くの疑問が投げかけられていることが記載できなかった理由と推察されます22)

最近の報告では,セカンドインパクト症候群の機序としては,

初回の橋静脈破綻による軽度の急性硬膜下血腫が2 回目の軽微な外傷により増悪したものでないかとする報告が多くなされており17)21)‒23)

今後,病名を含めて検討する必要があります。


脳振盪後症候群は、脳振盪に特異的な症状はなく,

2つの国際的診断基準〔ICD‒10と精神障害の診断と統計の手引き第4版 (DSM‒IV)〕に基づいて診断できると記載されています。

それによると,意識消失,健忘症または痙攣を伴う頭部外傷歴が前提条件であり,

注意力や記憶の認知 障害,頭痛,めまい疲労感,過敏,睡眠障害,情緒障害,人格障害,無関心の8症状のうち3症状以上が3カ月以上続くものを脳振盪後症候群と定義しています10)15)16)。


成人 10〜14日以内,小児は4週間以内に回復しない脳振盪症状を,

遷延性脳振盪と定義しています。

脳振盪後に症状が持続する場合に使用する用語の定義には注意が必要です。

脳振盪の繰り返しにより慢性外傷性脳症 (chronic traumatic encephalopathy: CTE)に陥る可能性は否定できないとの記載があり,

参考として,脳振盪の繰り返しと,認知機能障害,うつ状態などの発生が関連している可能性が示唆されていることが紹介されていますが,

死後に病理学的な変化として証明することでしか確定診断は得られません14)18)


■重症化の危険因子について


重症化の危険因子を排除するための診断手順が記載されています。

この手順の説明は第3版にはありませんでした。


まず救急医療システムにおけるトリアージをJapan Triage and Acuity Scale (JTAS) 2017 において受けることが示されており,

続いて外傷初期診療ガイドライン Japan Advanced Trauma Evaluation and Care (JATEC) による初期診療を行うよう記載されています。


JATECの初期診療は primary survey と secondary survey に分けた診察法です。

Primary survey は蘇生の手順であり,

secondary survey は軽症頭部外傷ではCT検査となります19)25)


Primary surveyでは、


A:airway

B:breathing

C:circulation

D:dysfunction of central nervous system(CNS)

E:exposure and environmental control


頭文字ABCDEの手順で蘇生の判断と実施を行います。

この中で D:dysfunction of CNS の評価では,意識レベルの評価,瞳孔所見, 麻痺の有無を評価することが求められています。

さらに意識レベル評価では GCS に加え,Four scoreやJapan Coma Scaleを発展させたECS,

瞳孔所見を加えた GCS‒P,さらにこれに年齢を加味した GCS‒PA について紹介されています30)


GCS‒PAは表を利用する必要があり評価がやや煩雑ですが,GCS‒Pは GCS の点数から瞳孔所見を点数化し減じる単純な評価法であり,

重症頭部外傷のみならず軽症頭部外傷でも予後を規定する因子と考えられており,

すぐに利用できる評価法と考えます。


■画像診断について


軽症頭部外傷では secondary surveyで視診や触診により,

頭皮や顔面の外表創,頭蓋底骨折に伴う眼鏡状出血や Battle's sign,

眼損傷および眼窩損傷,外耳道,口腔,鼻孔からの出血,髄液漏,

頭髪内の頭皮挫創や皮下血腫,異物の存在,陥没骨折の有無を確認した後に,

CTによる画像診断実施の判断が必要となります。


■高次脳機能障害について


高次脳機能障害は,軽症頭部外傷でも起こり得ます。

症状の特徴としては,脳局所症状よりも,

びまん性脳損傷として遂行機能障害,注意障害,社会的行動障害が特徴的4)24)と参考資料に記載されています。


■治療について


脳振盪の治療としては,安静が強調されています。

一定期間の休息の後,状態を確認しながら,症状に応じた段階的な復帰を行うよう記載されています。

薬物療法についてガイドラインに記載はありません。


頭痛に対する急性期 nonsteroidal anti‒inflammatory drug (NSAID) の使用は

一般的に薬剤乱用性頭痛になる危険性から推奨されていません10)12)16)

慢性期の治療薬として,うつ症状に対しては selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI),

情動コントロール障害に対しては向精神薬26),抗痙攣薬の使用が一般になされています。


注意障害や記憶障害に対しては保険適応外ですが,

それぞれメチルフェニデートや認知症治療薬の治療効果の報告があります13)


米軍を中心として研究がなされている(保険適応外)。

高気圧酸素治療中には一定の効果,症状改善を認めたものの,終了後の持続的効果についてはまだ十分に証明されておらず,今後の検討かが期待されています6)7)9)31)


■おわりに


頭部外傷の治療・管理のガイドライン第4版では、重症のみならず

軽症頭部外傷のガイドラインとしての情報がまとめられており,

日常外来診療に役立つ情報かが多いです。


しかしながら,情報の提供のみで内容まで踏み込んでいない部分もあり,

内容の理解にはより具体的な情報も得ておく必要があります。


特に,外傷初期診療ガイドライン JATEC 25)

British Journal of Sports Medicine に掲載されている第5回国際スポーツ脳振盪会議ベルリン声明 2016 5) 8) の論文と,

神経外傷に掲載されているその日本語訳は一読されることをお勧め致します。


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参考文献:成人軽症頭部外傷の診断と治療 

-頭部外傷の治療と管理のガイドライン第4版での改定点を中心に-

和田孝次郎、豊岡輝繁、大塚陽平、冨山新太、戸村哲、竹内誠、三島有美子

1) 阿部(平石)さゆり:スポーツ脳振盪とその一次,二次,三次予防法:日本アスレティックトレーニング学会誌. 3:3‒11,2017.

2) Binder LM:Persisting symptoms after mild head injury:A review of the postconcussive syndrome. J Clin Exp Neuro- psychol8:323‒346, 1986.

3) Cantu RC, Gean AD:Second‒impact syndrome and a small subdural hematoma:an uncommon catastrophic result of repetitive head injury with a characteristic imaging appear- ance. J Neurotrauma27:1557‒1564, 2010.

4) 大東祥孝:頭部外傷と高次脳機能障害.脳外誌 18: 271‒276,2009.

5) Echemendia RJ, Meeuwisse W, McCrory P, Davis GA, Putukian M, Leddy J, Makdissi M, Sullivan SJ, Broglio SP, Raftery M, Schneider K, Kissick J, McCrea M, Dvořák J, Sills AK, Aubry M, Engebretsen L, Loosemore M, Fuller G, Kutcher J, Ellenbogen R, Guskiewicz K, Patricios J, Herring S:The Concussion Recognition Tool 5th Edition(CRT5): background and rationale. Br J Sports Med 51:870‒871, 2017.

6) Erickson JC:Treatment outcomes of chronic post‒traumatic headaches after mild head trauma in US soldiers:an obser- vational study. Headache.51:932‒944, 2011.

7) Figueroa XA, Wright JK:Hyperbaric oxygen:B‒level evi- dence in mild traumatic brain injury clinical trials. Neurology87:1400‒1406, 2016.

8) 荻野雅宏,中山晴雄,重森 裕,溝渕佳史,荒木 尚, McCrory P,永廣信治:スポーツにおける脳振盪に関する共同声明―第 5 回国際スポーツ脳振盪会議(ベルリン, 2016)―解説と翻訳.神経外傷 42:1‒34,2019.

9) Hart BB, Weaver LK, Gupta A, Wilson SH, Vijayarangan A, Deru K, Hebert D:Hyperbaric oxygen for mTBI‒associ- ated PCS and PTSD:Pooled analysis of results from Department of Defense and other published studies. Under- sea Hyperb Med 46:353‒383, 2019.

10) Heyer GL, Idris SA:Does analgesic overuse contribute to chronic posttraumatic headache in adolescent concussion patients? Pediatr Neurol50:464‒468, 2014.

11) 河井信行,小川武希:外傷に伴う高次脳機能障害.日本 脳神経外科学会,日本脳神経外傷学会監:頭部外傷治 療・管理のガイドライン作成委員会編:頭部外傷治療・ 管理のガイドライン第 4 版.東京,医学書院,2019, pp.198‒211.

12) Larsen EL, Ashina H, Iljazi A, Al‒Khazali HM, Seem K, Ash- ina M, Ashina S, Schytz HW:Acute and preventive pharma- cological treatment of post‒traumatic headache:a system- atic review. J Headache Pain 20:98, 2019.

13) Lee H, Kim SW, Kim JM, Shin IS, Yang SJ, Yoon JS:Compar- ing effects of methylphenidate, sertraline and placebo on neuropsychiatric sequelae in patients with traumatic brain injury. Hum Psychopharmacol20:97‒104, 2005.

14) Levin B, Bhardwaj A:Chronic traumatic encephalopathy:a critical appraisal. Neurocrit Care20:334‒344, 2014

15) Lishman WA:Physiogenesis and psychogenesis in the ‘post‒concussion syndrome’. Br J Psychiatry 153:460‒ 469, 1988. 16) Lucas S:Posttraumatic headache:clinical characterization and management. Curr Pain Headache Rep19:48, 2015.

17) 前原健寿,大野喜久郎,富永 勉,鈴木龍太,平川公義, 仲川和彦,磯谷栄二,門間誠仁:スポーツによる頭蓋内 出血―警戒症状としての頭痛.臨床スポーツ医学 10: 311‒314,1993. 18) Mez J Daneshvar DH, Kiernan PT, Abdolmohammadi B, Alvarez VE, Huber BR, Alosco ML, Solomon TM, Nowinski CJ, McHale L, Cormier KA, Kubilus CA, Martin BM, Mur- phy L, Baugh CM, Montenigro PH, Chaisson CE, Tripodis Y, Kowall NW, Weuve J, McClean MD, Cantu RC, Goldstein LE, Katz DI, Stern RA, Stein TD, McKee AC:Clinicopath- ological evaluation of chronic traumatic encephalopathy in players of American football. Version 2. JAMA 318:360‒ 370, 2017.

19) 宮内 崇,藤田 基,末廣栄一,小田泰崇,鶴田良介: 軽症頭部外傷に関連する病態と対応.日本救急医学会雑 誌 25:191‒200,2014.

20) Montenigro PH, Baugh CM, Daneshvar DH, Mez J, Budson AE, Au R, Katz DI, Cantu RC, Stern RA:Clinical subtypes of chronic traumatic encephalopathy:literature review and proposed research diagnostic criteria for traumatic encepha- lopathy syndrome. Alzheimers Res Ther 6:68, 2014.

21) 永廣信治,谷 諭,荻野雅宏,川又達朗,前田 剛,野 地雅人,成相 直,中山晴雄,福田 修,阿部俊昭,鈴 木倫保,山田和雄,片山容一:スポーツ頭部外傷におけ る脳神経外科医の対応―ガイドライン作成に向けた中間提言―.神経外傷 36:119‒128,2013.

22) 永廣信治,溝渕佳史:スポーツ頭部外傷を可視化する. 脳外誌 23:957‒964,2014.

23) 中山晴雄,荻野雅宏,永廣信治,岩渕聡:脳振盪・スポーツ頭部外傷の検査と対応.脳外誌 27:4‒8,2018.

24) 直江康孝,小川太志,中野公介,米沢光平:頭部外傷後 の高機能機能障害における損傷部位と症状の関連.日臨 救急誌 16:785‒789,2013.

25) 日本外傷学会,日本救急医学会監:外傷初期診療ガイド 療ガイドライン JATEC.東京,へるす出版,2016.

26) Silverberg ND, Panenka WJ:Antidepressants for depression after concussion and traumatic brain injury are still best practice. BMC Psychiatry 19:100, 2019.

27) スポーツ脳振盪評価ツール SCAT5.http://bjsm.bmj.com/ content/bjsports/early/2017/04/26/bjsports-2017- 097506SCAT5.full.pdf(閲覧 2011 年 4 月).

28) 谷 諭,川又達朗,荻野雅宏,森 照明,福田 修,阿 部俊昭:スポーツにおける脳振盪:脳振盪の評価と現場 への復帰.脳外誌 18:674‒678,2009.

29) 谷 論,小川武希:スポーツ頭部外傷.頭部外傷治療・ 管理のガイドライン作成委員会編:頭部外傷治療・管理 のガイドライン第 4 版.東京,医学書院,2019,pp.193‒ 197.

30) 戸村 哲,島 克司:軽症・中等症頭部外傷への対処. 頭部外傷治療・管理のガイドライン作成委員会編:頭部 外傷治療・管理のガイドライン第 4 版.東京,医学書院, 2019,pp.181‒188.

31) Weaver LK, Wilson SH, Lindblad AS, Churchill S, Deru K, Price RC, Williams CS, Orrison WW, Walker JM, Meehan A, Mirow S:Hyperbaric oxygen for post‒concussive symp- toms in United States military service members:a random- ized clinical trial. Undersea Hyperb Med 45:129‒156, 2018.

32) ヤンキース・田中,正式診断は「軽度の脳振盪」.サンス ポ(2020 年 7 月 6 日)https://www.sanspo.com/baseball/ news/20200706/mlb20070611430006-n1.htm(l 閲覧 2020 年 8 月 ).

33) Zemper ED:Two‒year prospective study of relative risk of sports‒related concussion. Am J Phys Med Rehabil 82: 653‒659, 2003. ライン改定第 5 版編集委員会編:改定第 5 版外傷初期診



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