【遺言能力の医学鑑定】認知症と誤認されやすい「高齢者てんかん」~専門医が教える鑑別の重要性~


医療鑑定研究会 代表医師の中嶋です。
当研究会では、遺言能力の有無などに関する医学鑑定のご依頼を多数承っております。そのなかで、「認知症」の診断妥当性が問われるケースは少なくありません。
高齢者の事案においては、カルテ上の「認知症」や「物忘れ」という記載を鵜呑みにせず、その診断が本当に正しいのか、別の病態が隠れていないかを専門的な視点から検証することが求められます。
一見すると認知症による不可逆的な認知機能低下に見えて、実は「てんかん」が隠れている、あるいは認知症にてんかんが合併しているケースがあることをご存知でしょうか。
今回は、認知症と高齢者てんかんの密接な関係と、実臨床や鑑定の場で見逃してはならない鑑別のポイントについて、認知症専門医の視点から解説します。
■ 認知症とてんかんは対極の疾患ではない
症状から見ると、認知症は緩徐に発症・進行し、認知機能障害が持続します。
一方で、てんかん発作は突然出現し、発作が終息すると意識と認知機能は回復します。
このように、症状からは両者は一見対極に位置するような疾患のように見えます。しかし、臨床において、認知症とてんかんは似通った症状を呈したり、併存したりすることがあります。
65歳以上の高齢者において、2012年時点での認知症の有病率は15%(患者数462万人)と推計されています。
一方で、65歳以上のてんかん有病率は1.06%であり、全国で約38万人の高齢てんかん患者数がいると推計されています。超高齢社会において、認知症だけでなく、てんかんの有病率も高いことを理解する必要があります。
特にAlzheimer型(アルツハイマー型)認知症では、てんかんを合併する頻度が1.3〜6.1%と報告されており、一般高齢者に比べて明らかにてんかん発症リスクが増加します。
さらに、Alzheimer型認知症の発病前や、軽度認知障害の時期、病初期において、側頭葉てんかんを発症しやすいことが報告されています。
■ 高齢者てんかんの特徴:痙攣のない「焦点意識減損発作」
てんかん=全身の痙攣(けいれん)、というイメージを持たれがちですが、高齢初発てんかん発作の約半数は、痙攣のない「焦点意識減損発作」です。約4割が全身痙攣発作、ミオクロニー発作等の全般発作は1割以下の頻度です。
以下の表は、高齢者てんかんでみられる主な2つの発作型の特徴をまとめたものです。

この焦点意識減損発作の多くは側頭葉、特に海馬を焦点部位とします。持続時間は30秒〜3分間が多いのが特徴です。
発作中は意識減損を来たすため、呼びかけに反応がなくなり、その間にあったことを覚えていません。また、周りの物を意味もなく触る、口をクチャクチャとさせるといった、口部及び手の自動症が特徴的です。
重要なのは、発作中の意識減損により、患者本人はエピソードを覚えていないため、発作の病歴は目撃者からも聴取することが肝要である点です。患者の「記憶にない」という訴えだけを捉えて、安易に認知症の物忘れと判断してしまうのは危険です。
■ 鑑定におけるピットフォール
遺言能力の有無や、認知機能の低下を正しく評価する医学鑑定を行う際、以下のようなピットフォールに留意する必要があります。
認知症との誤認(pseudo-dementia)
焦点意識減損発作が頻発すると、過剰放電により記憶機能を含む側頭葉機能が持続して低下します。これにより認知症様にみえること(pseudo-dementia)があり、認知症と誤認しないように注意が必要です。
てんかんに伴う特殊な記憶障害
側頭葉てんかん患者には、特徴的な記憶障害が見られることがあります。新たに記憶したことを急速に短時間で忘れてしまう「加速的長期健忘」が認められることがあります。また、過去の旅行や子どもの結婚式などを全く思い出せないといった、エピソード記憶の障害である「遠隔記憶障害(自叙伝的障害)」を来たすこともあります。
非病変性てんかんの存在
高齢初発てんかんの原因は脳血管障害など多岐に亘りますが、頭部MRIで病変のない「非病変性(non-lesional epilepsy)」も約半数を占めます。そのため、画像検査で異常がないからといっててんかんを除外することはできず、診断には脳波検査が重要になります。
幻視症状の鑑別(Lewy小体型認知症との違い)
認知症とてんかんでは、視覚症状にも違いがあります。以下の表を参考に鑑別を行います。

Lewy小体型(レビー小体型)認知症でみられる幻視はvividで持続時間が長いです。これに対し、後頭葉てんかんの視覚発作は通常1分以内と短く、キラキラ光るなどの一次視覚野の症状が典型的です。幻視の訴えがある場合も、その詳細な性状を確認する必要があります。
■ 治療による劇的な改善の可能性
もし、対象者の認知機能低下が「不可逆的な認知症」によるものではなく、「てんかん」によるものであった場合、事態は大きく変わります。
一般的に、成人てんかんでは薬物治療による発作寛解率は70〜80%とされています。しかし、高齢者では約90%と高く、抗てんかん薬による治療効果が高いことが知られています。てんかんが関連している記憶障害は、抗てんかん薬の治療によって改善することがあるのです。
遺言無効確認請求事件などにおいて、遺言作成時の対象者の症状が「認知症」として処理されているカルテ記録があったとします。しかし、もしそれが側頭葉てんかんによる「pseudo-dementia(仮性認知症)」や「記憶障害」であった場合、その当時の判断能力の評価は根本から覆る可能性があります。
「物忘れ外来」を受診する側頭葉てんかん患者を見逃さないためには、病歴からてんかんが疑われるときや、エピソード記憶の障害があるにもかかわらず知能検査が正常であるとき等は、脳波検査を行うことが重要です。
医療鑑定においては、カルテ上の字面を追うだけでなく、「その認知機能低下は本当に認知症によるものか」「高齢者てんかんなどの治療可能な病態が見逃されていないか」という深い洞察が不可欠です。両者の特徴を正しく理解して、ピットフォールに陥らないようにすべきです。
■ 医療鑑定研究会からのメッセージ
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
医療鑑定研究会では、遺言能力の有無、高次脳機能障害の評価、医療過誤などに関する医学鑑定や意見書作成のご依頼を弁護士の先生方より広く承っております。
今回の記事で解説したような「カルテ上の認知症の記載に疑義がある」「その他の疾患(てんかん等)の可能性を専門的に検証してほしい」といった、医学的な鑑別や客観的な裏付けが必要な事案がございましたら、当会までお気軽にご相談ください。
執筆責任者:医療鑑定研究会 代表医師 中嶋 浩二

【略歴】
2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部医学科卒業
2002年 大分医科大学(現 大分大学)医学部附属病院
2003年 Baskent University Ankara Hospital
2006年 昭和大学(現 昭和医科大学)藤が丘病院
2015年 東京警察病院
2018年 牧野リハビリテーション病院(現職)
【資格】
日本専門医機構脳神経外科専門医
日本認知症学会専門医
日本認知症学会指導医
日本職業・災害医学会認定労災補償指導医
日本脳卒中学会専門医
厚生労働省認知症サポート医養成研修終了 等





