交通事故による高次脳機能障害と記憶障害|後遺障害等級認定のポイント
- 医療鑑定研究会 中嶋浩二
- 3月27日
- 読了時間: 9分
交通事故による高次脳機能障害のなかでも記憶障害は、被害者の日常生活や就労能力に重大な影響を及ぼす症状です。
しかし、この症状は客観的証拠が乏しく、後遺障害等級認定において争点となりやすい特徴があります。
本記事では、交通事故後の記憶障害の特性、評価方法、後遺障害等級認定のポイントについて解説します。

【記憶障害の種類と高次脳機能障害の関係性】
■ 記憶障害とは何か
記憶障害は交通事故による高次脳機能障害の主要な症状のひとつです。
交通事故によって頭部に衝撃を受けると、脳の記憶を司る部分が損傷し、様々な記憶の問題が生じることがあります。
頭部外傷による記憶障害には主に2つの種類があります。
1. 前向性健忘:事故後の新しい出来事を記憶できない状態です。事故前の記憶は保たれていますが、新しい情報を覚えられません。約束を忘れる、同じ質問を繰り返すなどの症状が見られます。
2. 逆行性健忘:事故前の出来事を思い出せない状態です。事故後の新しい情報は記憶できますが、事故前の経験や知識が失われています。失われる期間は事故直前の短時間から数年にわたることもあります。
たとえば、交通事故で頭部を強打した40代の男性が、事故前の記憶はほぼ正常なのに、事故後の新しい情報を覚えられず、家族との会話内容を数分で忘れ、同じ質問を何度も繰り返すような場合は、前向性健忘の可能性が高いと考えます。
このような記憶障害は、患者本人だけでなく、家族や周囲の人にも大きな負担をかけることになります。
■ 高次脳機能障害における記憶障害の位置づけ
高次脳機能障害とは、交通事故などで脳が損傷されることで引き起こされる、認知・行動面での障害の総称です。
記憶障害はその代表的な症状ですが、特徴として、以下のような他の症状も併せて出現することが多いといえます。
- 注意障害:集中力が続かない、複数のことを同時にできない状態
- 遂行機能障害:計画を立てて物事を効率的に実行できない状態
- 社会的行動障害:感情のコントロールが難しく、社会適応に問題がある状態
これらの症状は単独で現れることもありますが、多くの場合は複合的に出現します。
たとえば、記憶障害に加えて注意障害があると、新しい情報を記憶する過程でも集中できないため、記憶の問題がさらに悪化することがあります。
そのため、記憶障害を評価する際には、他の高次脳機能障害の症状も含めた総合的な評価が必要になります。
高次脳機能障害の特徴として、CTやMRIなどの画像検査ではわずかな変化しか認めないケースも少なくありません。
特に、びまん性軸索損傷(脳の広い範囲の神経線維が断裂する損傷)のような、細かな損傷しか画像に映らないことがあるのです。
このような「見えにくい障害」であることが、後遺障害等級認定において大きな課題となることを認識しておく必要があります。
参考記事:脳外傷による高次脳機能障害の裁判例を脳外科専門医の視点で考察する
【記憶障害の評価方法と証明の戦略】
■ 記憶障害の医学的評価法
記憶障害の存在と程度を客観的に評価することは、後遺障害等級認定の基盤となる重要なステップです。
医学的評価は主に神経心理学的検査、画像診断、神経学的診察の三つの側面から行われます。
神経心理学的検査は記憶障害の評価において最も重要な客観的指標となります。
主な検査には以下のようなものがあります:
1. ウェクスラー記憶検査(WMS-R):言語性記憶、視覚性記憶、注意・集中力などを総合的に評価する国際的な標準検査です。
2. リバーミード行動記憶検査(RBMT):日常生活に関連した記憶の問題を評価する実用的な検査です。
3. 三宅式記銘力検査:10個の単語をどれだけ覚えられるかを測定する日本で広く使われている検査です。
4. ベントン視覚記銘力検査:図形の記憶能力を評価する検査で、視覚的な記憶の問題を明らかにします。
これらの検査結果は数値化されるため、記憶障害の程度を客観的に示す資料として有用です。
参考記事:神経心理学的検査を行う順番があるのをご存じですか?
画像診断では、CTやMRIが用いられます。
SPECT(脳血流を見る検査)やPET(脳の代謝を見る検査)では、CTやMRIでは捉えられない機能的な異常を検出できる可能性があります。しかし、いまだ確立した検査法とはいえません。
これらの総合的な評価によって、記憶障害の存在と程度、そして日常生活への影響が医学的に裏付けられるのです。
■ 日常生活への影響の証明方法
記憶障害の後遺障害等級認定では、医学的評価だけでなく、日常生活への具体的な影響を証明することが極めて重要です。
まず、本人や家族による症状記録が有効な証拠となります。
具体的には、記憶の問題が生じた具体的なエピソードを日記形式で記録したり、事故前と比べてどのように変化したかを具体的に書き留めたりすることが推奨されます。
例えば、「買い物リストを持っていったのに、必要な物の半分を買い忘れた」「昨日話し合って決めたことを翌日には覚えていなかった」といった具体的な内容が有効です。
次に、第三者からの証言も重要な証拠となります。
職場の上司や同僚、友人や知人など、事故前から被害者を知る人からの証言は、変化を客観的に裏付ける強力な証拠になります。
「以前は複数の案件を同時に処理できたが、事故後は一つの仕事に集中するのも難しくなった」といった具体的な証言が特に有効です。
これらの証拠を組み合わせることで、記憶障害の実態とその影響の大きさを多角的に証明することが可能になります。
■ 効果的な証拠収集のポイント
記憶障害の後遺障害等級認定では、証拠収集が不可欠です。
事故直後からの症状の経過記録、救急搬送記録や入院記録などの急性期の医療記録、意識障害の有無とその継続時間の記録などは重要な証拠です。
次に、専門的評価の依頼も重要なステップです。
脳神経外科医による診断、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士による機能評価、神経心理学的検査など、複数の専門家の評価を受けることで、記憶障害の存在と程度をより確実に裏付けることができます。
さらに、具体的な症状の文書化も欠かせません。
医師の意見書には症状の詳細な記載を依頼し、日常生活や職業生活における具体的な支障、事故前後の比較による変化などを明確に記載してもらうことが重要です。
継続的な経過観察も有効な戦略です。
定期的な検査結果の収集、リハビリテーションの経過と効果の記録、長期的な機能予後の評価などを通じて、症状の固定性や永続性を証明することができます。
例えば、ある交通事故事例では、初期の意識障害の証拠に加え、定期的な神経心理学的検査の結果、職場復帰試験の記録、家族による日記形式の症状記録、上司からの証言書などの多角的な証拠を収集したことで、円滑に後遺障害等級が認定されました。
このように、医学的証拠と生活機能の証拠を組み合わせたアプローチが効果的です。

【後遺障害等級認定における記憶障害の位置づけ】
■ 記憶障害に関連する後遺障害等級の理解
後遺障害等級認定のポイントとして、記憶障害の種類や程度だけでなく、それが日常生活や就労能力にどのような具体的な影響を与えているかが重視されることを理解しておく必要があります。
■ 自賠責保険と労災保険の認定基準の違い
高次脳機能障害における記憶障害の後遺障害等級認定については、自賠責保険と労災保険で基本的に同じ基準が用いられますが、運用面でいくつかの重要な違いがあります。
労災保険の認定基準は、主に就労者を対象としているため、労働能力への影響を重視する傾向があります。
職業復帰の可能性や就労制限の程度が等級判断の主な基準となり、高次脳機能の評価も意思疎通能力、問題解決能力、作業負荷への耐性などの労働関連能力を中心に行われます。
一方、自賠責保険の認定基準は、被害者の年齢や就労状況を問わず適用されるため、日常生活における制限の程度も重視されるのです。
特に小児や高齢者など、労災基準の適用が難しい対象者に配慮した運用がなされることがあります。
労災保険と自賠責保険では認定機関が異なるため若干の「文化の違い」があり、異なる判断がされることもあることを念頭に置いておくべきです。
このような違いを理解した上で、個々の事案に適した検討を行うことが重要となります。
■ 記憶障害の等級認定における争点と対応戦略
記憶障害を主たる症状とする高次脳機能障害では、因果関係の証明が大きな争点となります。
記憶障害が事故によるものか、加齢や他の疾患によるものかが問われるのです。
これに対しては、事故前の状態を示す証拠(学業成績、職務評価、認知機能検査結果など)の収集、事故との時間的近接性の証明、他原因の排除などを行うことが有効です。
次に、障害の程度の評価も重要な争点です。
記憶障害の程度は客観的に評価しにくいため、標準化された神経心理学的検査の結果提示、日常生活の具体的支障の証明などによって、障害の程度を明確に示すことが必要です。
さらに、症状の固定性も争われることがあります。
記憶障害の改善可能性が問われた場合には、適切なリハビリテーション後の経過観察、長期的な予後に関する専門医の意見などを提示することが重要です。
【まとめ】
交通事故による高次脳機能障害における記憶障害は、被害者の生活や仕事に重大な影響を与える深刻な障害です。
しかし、その評価と立証には独自の難しさがあり、専門的知識とアプローチの工夫が不可欠となります。
高次脳機能障害事案に取り組む際には、記憶障害の種類と特徴を理解し、医学的評価と日常生活への影響を多角的に証明することが重要です。
記憶は人間のアイデンティティと生活の質の根幹を成すものであり、その障害は被害者の人生全体に影響を及ぼします。
そのことをしっかりと理解し、高い専門性と深い共感をもって取り組むことが求められているといえるでしょう。
医療鑑定研究会では、リハビリテーション専門の医療機関に勤務する代表の中嶋浩二医師(脳外科専門医)が責任をもって、高次脳機能障害の後遺障害等級認定に関する事案を担当しています。
参考記事:「専門医選びの重要性」
豊富な臨床経験と鑑定経験に基づき、皆さまのお役に立てるよう尽力しておりますので、お気軽にご相談ください。
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