top of page

​HOMEブログ>ブログ記事

医学鑑定 医療事故

BLOG

​ブログ

高次脳機能障害の診断に用いる神経心理学的検査の種類と特徴

  • 執筆者の写真: 医療鑑定研究会 中嶋浩二
    医療鑑定研究会 中嶋浩二
  • 6月4日
  • 読了時間: 10分

高次脳機能障害とは?診断の重要性

高次脳機能障害は「見えない後遺障害」と呼ばれることをご存知でしょうか。


外見からはわかりにくいため、周囲の理解が得られにくく、本人や家族が苦しむケースが少なくありません。


私は脳神経外科医として24年間、数多くの高次脳機能障害の患者さんを診てきました。


特に交通事故による脳損傷後の症状は複雑で、適切な診断と評価が非常に重要です。


医学鑑定 交通事故
脳画像検査のイメージ

高次脳機能障害とは、記憶力、注意力、遂行機能など、私たちの社会生活を支える重要な「脳の働き」に障害が生じた状態です。


交通事故による脳損傷では、脳挫傷やびまん性軸索損傷といったメカニズムで発生することが多いのです。


特にびまん性軸索損傷は、初期のCTやMRIでは捉えられないことも多く、診断が難しいという特徴があります。


そのため、神経心理学的検査が診断において極めて重要な役割を果たすのです。


神経心理学的検査とは?その役割と重要性

神経心理学的検査とは、記憶、思考、判断などの高次脳機能を客観的に評価するための検査です。


高次脳機能障害は外見からは判断できないため、この検査によって障害の程度を数値化、客観化することが非常に重要になります。


ただし、これらの検査結果は被検者の体調や疲労度によって変動することがあります。


また、多くの場合、事故前の能力はわからないため、一般的な標準値との比較によって判断するしかありません。


神経心理学的検査は、脳神経外科や神経内科、リハビリテーション科などを擁する病院で受けることができます。


ただし、非常に多くの種類があり、病院ごとに保有している検査キットは異なりますので、事前に受けたい検査を特定した上で、相談することが必要です。


検査のタイミングも重要です。後遺障害の等級審査においては、「受傷直後が最も重篤で、その後、緩解していき、どこかの時点で症状固定に至る」という考え方が基本です。


高次脳機能障害についても同様で、等級申請の立証資料とする検査は、病態が症状固定となって以降に実施されたものを用います。


では、具体的にどのような検査があるのでしょうか?それぞれの特徴と評価できる機能について詳しく見ていきましょう。


知能検査の種類と特徴

知能検査は、脳機能を全般的に評価するための検査です。高次脳機能障害の診断において、まず基本となる重要な検査と言えるでしょう。


代表的な知能検査をいくつか紹介します。それぞれ特徴が異なるため、患者さんの状態や評価したい機能に応じて選択することが大切です。


WAIS(ウェクスラー成人知能検査)

WAISは世界で最も使用されている成人用(16〜89歳)の本格的な全般性脳機能検査です。所要時間は約90分と長めですが、詳細な認知機能の評価が可能です。


この検査では、言語理解指標(言葉の理解、発言等の能力)、知覚統合指標(情報を関連付け、全体として意味のあるものにまとめる能力)、作動記憶指標(聴覚的な短期記憶能力)、処理速度指標(視覚的な情報処理の速さ)などを評価します。


WAISは高次脳機能障害の等級認定において非常に重要なポイントとなる検査です。特に、事故前後での知能指数の変化が示せると、障害の程度を客観的に評価する強力な証拠となります。


MMSE(ミニメンタルステート検査)

MMSEは約10分程度で実施できるスクリーニング検査です。簡便に行えるため、外来診察でよく実施されます。


見当識(時間・場所・人の認識)、記銘力、計算、言語機能などを評価します。30点満点で、一般的に23点以下で認知機能低下が疑われます。ただし、スクリーニング検査のため、詳細な評価には他の検査と組み合わせる必要があります。


(併せて読みたい記事:MMSEの活用法:落とし穴と正しい解釈


HDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール)

HDS-Rも約10分程度で実施できるスクリーニング検査で、日本で開発されました。MMSEと同様に外来診察でよく用いられます。


年齢、時間の見当識、場所の見当識、3つの言葉の記銘、計算、数字の逆唱、物品記銘、言語の流暢性などを評価します。30点満点で、20点以下で認知機能低下が疑われます。


RCPM(レーヴン色彩マトリックス検査)

RCPMは言語を必要としない非言語性の検査で、約10分程度で実施できます。標準図案の欠如部に合うものを、6つの図案から1つ選ぶという課題です。


視空間認知能力や論理的思考能力を評価できるため、言語障害がある方や外国人の方にも実施可能な検査です。特に前頭葉機能の評価に有用とされています。


医学鑑定 交通事故
検査用紙のイメージ


記憶検査の種類と特徴

記憶障害は高次脳機能障害の代表的な症状の一つです。新しい出来事を覚えられない、約束を忘れる、物の置き場所を忘れるといった症状が日常生活に大きな支障をきたします。


記憶の過程には、情報の取り込み、保持、再生という3つの段階があります。また、言葉にできる陳述記憶と、習慣や技能などの手続き記憶に分けることもできます。さらに、保持時間の長さによって、即時記憶、短期記憶、近時記憶、長期記憶などに分類されます。


それでは、代表的な記憶検査を見ていきましょう。


WMS-R(ウェクスラー記憶検査)

WMS-Rは国際的に最もよく使用されている総合的な記憶検査で、日本でも標準化されています。所要時間は約60分程度です。


言語性記憶、視覚性記憶、一般的記憶、注意・集中力、遅延再生の5つの指標から記憶機能を多角的に評価します。WAISと組み合わせることで、知能と記憶の関係性も分析できます。


高次脳機能障害の等級認定において、WMS-Rの結果は非常に重要な証拠となります。特に、遅延再生の低下は記憶障害の存在を示す客観的な指標となるのです。


RBMT(リバーミード行動記憶検査)

RBMTは日常生活での記憶障害を評価するための検査です。所要時間は約30分程度です。


名前の記憶、持ち物の保管と回収、約束の記憶、道順の記憶、メッセージの伝達など、実生活に即した課題で構成されています。そのため、検査結果と実際の生活での困難さの関連性が高いという特徴があります。


ROCFT(レイ複雑図形検査)

ROCFTは複雑な図形を模写し、その後に記憶して描画する検査です。所要時間は約15分程度です。


視空間構成能力と視覚記憶を評価できます。模写の段階で図形をどのように捉え、構成するかという認知戦略も評価できるため、前頭葉機能の評価にも有用です。


注意力・遂行機能検査の種類と特徴

注意障害や遂行機能障害も高次脳機能障害の主要な症状です。集中力が続かない、複数のことを同時にこなせない、計画を立てて実行する能力が低下するなどの症状が見られます。


これらの機能は日常生活や社会生活を送る上で非常に重要であり、その障害は大きな支障をきたします。それでは、代表的な検査を見ていきましょう。


TMT(Trail Making Test、線引きテスト)

TMTは注意機能を評価する代表的な検査です。Part AとPart Bの2種類があり、所要時間は合わせて約5分程度です。


Part Aでは1から25までの数字を順番に線で結びます。Part Bでは数字とアルファベットを交互に結びます(1→A→2→B→…)。遂行時間と誤りの数で評価します。


TMTは注意の持続性、選択性、転換性などを評価でき、特にPart Bは注意の転換や遂行機能も評価できます。高次脳機能障害者の就労可能性や自動車運転再開の判断において、特に重要視される検査の一つです。


BADS(遂行機能の行動評価法)

BADSは前頭葉機能、特に遂行機能を評価するための検査バッテリーです。6つの下位検査から構成され、所要時間は約40分程度です。


規則変換カード検査、行動計画検査、鍵探し検査、時間判断検査、動物園地図検査、修正6要素検査という多様な課題を通して、計画立案、問題解決、注意の分配、行動抑制などの能力を評価します。


BADSは日常生活での遂行機能障害を予測する上で有用な検査です。特に、「計画を立てて実行する」という能力の評価に優れています。


WCST(ウィスコンシンカードソーティングテスト)

WCSTは前頭葉機能、特に認知的柔軟性を評価する検査です。所要時間は約15分程度です。


色、形、数という3つの分類原則に従ってカードを分類する課題です。途中で分類原則が変わるため、それに気づいて切り替える能力が求められます。


WCSTは特に「固執性」(同じやり方にこだわる傾向)の評価に優れており、前頭葉損傷による遂行機能障害の検出に有用です。


言語機能検査の種類と特徴

言語機能の障害も高次脳機能障害の一つです。失語症(言葉の理解や表出の障害)は、コミュニケーションに大きな支障をきたします。


言語機能検査では、言葉の理解、表出、読み書きなど、様々な側面から評価します。代表的な検査を見ていきましょう。


SLTA(標準失語症検査)

SLTAは日本で開発された失語症の標準的な検査です。所要時間は約60〜90分程度です。


聴く、話す、読む、書くという4つの言語モダリティについて、単語、文、短文レベルで詳細に評価します。失語症のタイプ(ブローカ失語、ウェルニッケ失語など)の判別や重症度の評価に有用です。


SLTAは言語聴覚士によって実施されることが多く、リハビリテーションの計画立案にも活用されます。


高次脳機能障害の評価バッテリーと検査選択

高次脳機能障害の評価では、単一の検査ではなく、複数の検査を組み合わせた「評価バッテリー」を用いることが一般的です。これにより、様々な側面から脳機能を総合的に評価することができます。


どの検査を選択するかは、患者さんの状態や評価したい機能によって異なります。

診察や日常生活の観察によって、患者さんそれぞれの機能障害に応じた検査を選択することが重要です。


私の臨床経験では、まず簡易的なスクリーニング検査(MMSEやHDS-Rなど)を実施し、その結果に基づいてより詳細な検査(WAISやWMS-Rなど)を選択するというアプローチが効果的だと感じています。



また、高次脳機能障害の評価では、検査結果だけでなく、日常生活での具体的な困難さについての情報収集も非常に重要です。本人だけでなく、家族や職場の同僚などからの情報も貴重な評価資料となります。


高次脳機能障害の等級認定における検査の重要性

後遺障害等級認定において、高次脳機能障害の立証は非常に難しい課題です。「見えない障害」であるため、客観的な証拠が求められます。


神経心理学的検査は、高次脳機能障害を客観的に評価できる貴重な証拠となります。

特に、WAISやWMS-Rなどの標準化された検査結果は、等級認定において重要な役割を果たします。


ただし、検査結果だけでは高次脳機能障害の全体像を捉えることはできません。神経心理学的検査と日常生活での具体的な困難さの両方を示すことが、適切な等級認定を受けるためのポイントです。

医学鑑定 交通事故
検査結果を評価する医師

まとめ:高次脳機能障害の適切な評価と支援に向けて

高次脳機能障害の診断と評価において、神経心理学的検査は非常に重要な役割を果たします。

これらの検査によって、外見からはわかりにくい「見えない障害」を客観的に評価することができるのです。


本記事では、知能検査、記憶検査、注意力・遂行機能検査、言語機能検査など、様々な神経心理学的検査の種類と特徴を紹介しました。


それぞれの検査が評価できる機能は異なるため、患者さんの状態に応じて適切な検査を選択することが重要です。


ただし、神経心理学的検査だけでは高次脳機能障害の全体像を捉えることはできません。検査結果と日常生活での具体的な困難さの両方を総合的に評価することが、適切な診断と支援につながります。


高次脳機能障害は後遺障害等級の判断が容易ではありません。

私はリハビリテーションの専門医療機関で、普段から高次脳機能障害の患者さんを診療しています。



弁護士の先生方からも多数のご相談をお受けしているので、もし高次脳機能障害の事案でお困りであれば、お気軽にご連絡ください。






Comments


​HOMEブログ>ブログ記事

bottom of page